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206 下男の胸騒ぎ
「気になったこと――?」
「はい。実は紫月兄 さんにもまだ申し上げておらぬのですが――今回の幽霊騒動で怪我を負った男娼たちですが、その誰もが紫月兄 さんが目を掛けていらしたというか……この椿楼へもよく顔を出していた者たちなのです」
「――? つまり――なんだ。狙われた者たちは皆、紫月 と親しい間柄だったということか?」
「はい――。兄 さんももちろん目を掛けていらしたのですが、どちらかと言えば皆、兄 さんを慕っていたと申しますか……」
彼らは皆、紫月 にはよく懐いていて、誕辰の時はむろんのこと春節や中元節、中秋節といった記念日などには心のこもった贈り物や紫月 の好きな菓子などを届けに訪れていたそうだ。
「よく思い起こしますと、先日亡くなった翠萌 もそうですが、二年前と三年前に亡くなった男娼たちも兄 さんとは特に懇意にしていた記憶がございます。とはいえ、皆実家を離れてこの道に入った者ばかりです。兄 さんのことは親兄弟のように思っていたんだろうと思われます。男娼になるくらいですから、例えば同性の兄 さんに恋情を抱いたとしても不思議ではございませんが、彼らにそのような様子は見られず、本当に兄 さんを尊敬し頼りにしていたという印象です」
「――ふむ。皆が皆、紫月 と親しかった者たち――か」
だとすれば、それを妬んだ犯行という線も出てくる。
「あるいは――真の狙いは紫月 で、これまでの犯行はその予告的なものだという可能性も?」
妬みではなく紫月 が嘆き悲しむよう、わざと彼が大事に思っている者を狙っているという考え方もある。
「分かりません……。ただ、狙われた者たちすべてが兄 さんと懇意にしていたというのが何となく気に掛かるのです。鐘崎 の若 さんのおっしゃるように単なる嫉妬の感情かも知れませんし、真の狙いが紫月兄 さんということも確かに考えられなくはないです。ただ――これまでの調査ではこれと言った手掛かりは掴めておりませんし、男娼とお客様との間でのトラブルも取り立てて怪しい揉め事などは上がってきておりません。このまま闇雲に捜査を続けるよりも、少しでも可能性のあるところから掘り下げてみることも必要かと思いまして」
物心ついた頃からずっと側にいて紫月 を見てきた菫 だからこそ気付いた″勘″のようなものだろうか。
「ふむ、そうだな――。これまで俺たちは恨みや私憤による犯行に重きを置いてきたわけだが、確かにその点で目ぼしい事柄は上がってこなかった。犯行の動機が嫉妬によるものとは考えもしなかったからな……」
遼二 は菫 の鋭い視点に感心しつつも、
「だが菫 。それならば一番に狙われそうなのはお前さんじゃねえか? お前さんは常に紫月 の側にいるし、親しいという点では誰の目から見ても断トツと言える」
しかしながら今のところ菫 は狙われてもいないし、幽霊に遭遇したこともないわけだ。むろん、警備が完璧で菫 にはおいそれ近付けないという理由もありそうだが、平気で殺人まで犯す下手人にとっては狙った者を逃すとも思えない。
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