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「確かにおっしゃる通り、紫月兄 さんの一番近くに居るのはこの私でしょう。ですが、私はそれこそ生まれた時からのご縁です。犯人にとっては実の弟のような感覚でいて、そもそも初めから眼中に無いのやも知れません」
「つまり下手人からすればお前さんは家族という括りか――。他の男娼たちは他人という感覚だから狙われたと?」
「そういう可能性も無きにしも非ずかと。それで――鐘崎 の若 様。こんなことを申し上げたら失敬とは重々承知ですが――少し気に掛かるのです。下手人の目的が紫月兄 さんに対する独占欲のようなものだと仮定して、その兄 さんを慕っている者や兄 さんが目を掛けている人々をターゲットにしている場合、例えば皇帝様のご伴侶であられる冰 さんなどが狙われる可能性もあるのではないかと思うと……」
「――ふむ、冰 か。確かにヤツも紫月 との最初の出会いは男娼見習いとしてこの遊郭街へやって来たのがきっかけだ。紫月 とはしょっちゅう顔を合わせてもいるし、ここへも頻繁に訪れている。見習いの際、北宿舎に配属されていた冰 は他人から見れば目を掛けられていたと映るだろう。妬まれたとしても不思議はないか――」
だが、冰 はこの地下街全体を治める焔 の伴侶だ。既に皇帝のものとなった彼が紫月 と浮気のような間柄になる可能性は低い上、現実的な面でも皇帝邸への潜入は難しいというところなのだろうか。
「実は――これまでの被害者たちが皆、どことなく冰 さんに雰囲気が似ているのも気になるのです」
「冰 に雰囲気が似ているだって?」
「はい……。見た目ももちろんですが、他人を気遣うやさしさを持った者ばかりです。冰 さんに万が一があっては私も兄 さんも腹を捌かねばなりません」
菫 曰く、自分はどうとでも責任を取る覚悟があるが、紫月 に何かあってはいけないと心底から心配しているようだ。
「なるほど――。一理あるな。では焔 にも言って、事が落ち着くまで冰 にはやたらと出歩かんようにさせる。俺たちの調査も″恋情、あるいは妬み″という観点からもう一度調べ直してみるとしよう」
「ええ、それがよろしいかと」
「それで菫 。男娼たちの中で、他にも紫月 と交流が深い者は分かるか?」
もしも菫 の言うように嫉妬が原因であった場合、次に狙われる可能性の高い者を知っておく必要がある。
「数名覚えがございます。男娼ではありませんが、この遊郭街に食糧を入れてくれている出入り業者の何吟 は性質もざっくばらんで、紫月兄 さんとも親しい仲です。以前は彼のお父上が食糧の供給を担当してくれているメインの業者殿だったのですが、お年もお年だということで二年程前からご子息の何吟 が来るようになりましてね。兄 さんとも歳が近く、愛嬌のあるお人柄で仕事も完璧にこなしてくれます。そんなわけですから兄 さんも私も頼りにしているのです」
何吟 が納品に来ると、紫月 は伝票の確認方々、決まってここ椿楼で茶を勧めるそうだ。それは男娼たちにも周知のことで、食糧業者の何吟 を紫月 が友の如く大事に扱っていると思われているそうだ。それならば妬みを買ったとて不思議はないかも知れない。
「ただ、何吟 に限ってはこれまでに亡くなった男娼たちとは少々雰囲気が異なります。性質的にはサバサバとしていて愛嬌もあり、頼り甲斐がある男ですが、見た目という点では可愛らしくやさしいというよりは男らしくて無骨と言いますか、体格からして印象はかけ離れています」
「ふむ、では亡くなった男娼らや冰 のような雰囲気ではないということか」
「はい。言い方は悪いですが、男の中の男というか男臭いといった類です。他には――男娼で言えば瑞雲楼の昊凌 も割合よくここを訪れております。彼は見た目で言えば色白で華奢ですし、印象としては冰 さんのような可愛らしい面立ちと言えます」
「昊凌 か。確か彼は二年前と三年前に被害者となった男娼らの後を継いで御職となった男だったな?」
「おっしゃる通りです。今回の幽霊騒動が噂され始めた際に、私共は彼が狙われるのではと危惧しておりました」
「そうであったな。俺も昊凌 の護衛としてしばらく瑞雲楼に常駐したが、特に彼が狙われる気配のないまま今日まで来たわけだが――」
念の為、今一度気を配って警護に当たるとしようと遼二 は言った。
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