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208 労いの晩膳

 水仙楼の翠萌(ツィーメン)が殺害された後、一旦は風化の気配を見せていたものの、男娼三人が怪我を負ったことで、再び遊郭街では幽霊騒動の噂で持ちきりになった。しばらくの間は薄れていた警戒心と恐怖心も再燃し、男娼らの間では不急の外出を控えるような風潮も蔓延した頃――。  鐘崎(かねさき)組では若頭の遼二(りょうじ)を筆頭に瑞雲楼の昊凌(ハオリン)に重点を置いて警護が行われていった。  その昊凌(ハオリン)が客の相手を終えた晩のことだ。毎日の護衛を労いたいと言って、遼二(りょうじ)は彼から晩膳をもてなしたいとの誘いを受けることとなった。  本来労いなどは不要だが、普段の生活について昊凌(ハオリン)に様子を尋ねるにはいい機会ともいえる。加えて、店がハネた後に狙われる可能性も高い為、厚意に応じることにしたのだ。 「若頭さんにはご苦労をお掛けして恐縮に存じております。今宵はせめてもごゆるりとお過ごしいただきたく思いましてね」  昊凌(ハオリン)は下男に頼らず自ら酒の用意をしたり膳を勧めてくれたりと、甲斐甲斐しく遼二(りょうじ)をもてなした。  この男娼の印象といえば、どちらかというとこれまで被害に遭った者たちよりはしっかり者というか、(ジン)が言っていたような(ひょう)に似た――見るからにやさしい雰囲気はあまり感じられない――というのが遼二(りょうじ)の印象だ。  外見だけで言えば確かに華奢な体つきの上に童顔で可愛らしい面立ちではあるものの、いざ面と向かって話してみると言葉じりもハキハキとしているし、所作の節々に自信が感じられる。高飛車とまでは言わないが、堂々たる面持ちがふとした瞬間にも垣間見られるといったところだろうか。彼のようなタイプは、仮に幽霊騒動に遭ったとしても、案外気丈に立ち向かうのではないかとさえ思えるのだ。  かといって、では体術武術の面で腕が立つかといえば、そうでもないことは事実だろう。遼二(りょうじ)は物心ついた頃から雛の摺り込みのようにして裏の世界を生き抜く為に育てられた男だ。ひと目見れば相手がどの程度の腕前をしているかが察知できてしまうような鋭い感覚を持っている。  そんな遼二(りょうじ)から見て今目の前にいるこの昊凌(ハオリン)は、武術こそ達者でないものの、それを補えるハッタリと話術、それに相手を呑み込む″圧″のようなものを身につけていることは確かだ。だから妓楼という世界で御職を張れるだけの器は備わっているのだろうが、これまで被害に遭った男娼らのように気がやさしくて幽霊を怖がるようには思えないといった印象だ。  ともかくは、ここ最近で奇妙に感じたり、普段とは違う出来事があったかどうかなどを尋ねてみることにした。 「ええ、私の周辺では今のところ特に気に掛かることはございません。もちろん若頭さんたちがこうして警護してくださるお陰に他なりませんが、幸いにも当妓楼で幽霊を見たという話も聞きませんし。ただ他の妓楼の男娼仲間が被害に遭っているのは事実ですし、夜眠る時などは少々怖い気持ちはございますね」  酒を勧めながら僅か気弱な面持ちも見せる。 「――ふむ、左様ですか。警備については夜間も交代で我々が常駐している。異変があれば遠慮せずに助けを求めて欲しい」 「ありがとうございます。そのようにおっしゃっていただけて、たいへん心強うございます」  それよりもどうぞ――と言って酒を注ぎ足す。  厚意は有難いが、まだ警護の最中でもある為、酔ってしまうわけにもいかない。遼二(りょうじ)は酒にも滅法強いが、それにしても先程からえらくピッチの早い勢いで勧めてくるものをすべて飲み干していてはいざという時に支障が出よう。 「お気遣いは嬉しいですが、この後も見回りが残っております。ご厚意はもう充分いただいたゆえ――」  丁重に遠慮を口にすると、昊凌(ハオリン)は「ああ……気付かずに申し訳ない」と言ってニコリと微笑んだ。 「では今宵はこの辺で――。その代わり、無事に騒動が解決した暁には無礼講でお付き合いくださいましね」 「かたじけない。一刻も早く皆さんに安心して暮らしていただけるよう、出来る限り力を尽くします」 「頼みにしておりますよ」  そうしてこの夜はお開きとなった。

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