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210 掴めない下手人の目的

 幽霊騒動の噂が出始めてから、早ひと月が過ぎようとしていた。未だ下手人の目星はついていない。  当初(イェン)らが考えていた私憤による犯行に加えて、(ジン)が危惧していた紫月(ズィユエ)と親しい者への嫉妬という線でも捜査が進められていったが、確たる証拠の掴めないまま不安だけが勢いを増していった。  遼二(りょうじ)らの警備体制のお陰で死者が出るような大事には至らなかったものの、以後も時折白い(もや)と人影に遭遇したという話は所々で耳にするようにもなっていた。 「このままじゃ皆が安心して仕事に専念できねえな……。けど、これだけ警備を強化しているにもかかわらず、依然例の白い(もや)の出現が無くならねえのはどういうことだ」  男遊郭の頭として先陣を切って対応に追われている紫月(ズィユエ)にも、さすがに疲れが見え始めていた。 「不思議なのは警備の巡回が済んだ箇所ばかりを狙ったように(もや)が現れるということだ。この際、巡回後もその近辺に身を潜めて敵の意表を突くのも有りか」  遼二(りょうじ)も頭を抱えている。当初は幽霊話を面白がっていた客らも、実際に死人が出た頃から足が遠のき始めている者も増えてきているようだ。このままでは遊郭街自体の存続すら危ぶまれるだろう。統治者である(イェン)としても悠長に放り置けることではない。 「問題は幽霊騒動が未だに続いているという点だ。単に子供じみた悪戯と片付けてしまうには手落ちであろう。考えたくはねえが、下手人の目的は更なる殺害にあるんじゃねえかと思えるんだが――」  (イェン)はこれまでの殺害や殺傷だけでは終わらないのではと危惧しているようだ。  確かに今回、男娼が一人亡くなった時点で目的を遂げたのだとすれば、以後はわざわざ危険を冒して警備の目を掻い潜ってまで(もや)や人影という幽霊騒動を演出し続ける必要もないはずだ。 「それが未だに止まねえということは、やはりまだ誰かを狙うつもりでいるのかも知れん」  威信に賭けてもそんな事態は阻止しなければならない。 「腑に落ちないと言えば、俺たち警備隊の誰一人、(もや)や人影に出くわしてねえってのもおかしい。わざと監視の目を避けているとすれば、騒動の主はこの男遊郭街内部の者としか思えねえんだ。案外単独じゃねえのかも……。(りょう)が言ってたようにドライアイスとかが使われてるとするならさ、俺らが警備を終えたかどうかの見張りを立てたり(もや)を仕掛ける実行部隊だって必要だ。事が個人的な恨みや妬みによるものなら捜査の仕様もあるが、複数犯であるなら正直頭の痛え話だよ」  仮に複数犯だとすれば、遊郭街の中に自分たち同じ釜の飯で生きている仲間を平気で裏切っている者が少なからず数人はいるということになる。 「仲間を仲間とも思わねえ……そんなヤツらがこの男遊郭にいるなんざ思いたくはねえんだがな」  事件そのものよりも、紫月(ズィユエ)にとってはそんな輩をこの遊郭街から出してしまったことが悔やまれているようだ。  下手人が複数犯だとしても街全体からすればほんの少数だろう。真っ当に生きている大多数の男娼や下男たちにこれ以上不安な日々を強いることにも胸が痛むのだ。  とはいえ、各妓楼に四六時中張り付いて警備の目を光らせるには正直なところ人手が足りない。かといってこれまで同様巡回の直後を狙って事を起こされたのでは堂々巡りだ。

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