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213 朔

 (イェン)は父と兄にも応援を要請。ファミリーからも人手を出してもらうことにして、自身の側近たちと鐘崎(かねさき)組の組員だけでは目が行き届かない男遊郭街全体に満遍なく人員を配置するよう手配した。  この厳戒態勢に遊郭街ではいよいよ皇帝が本格的に大捕物に乗り出したという噂で持ちきりになっていった。厳重な警備が敷かれたことで安心したのか、はたまた興味本位の野次馬的好奇心か、いずれにせよ客足も戻りつつあり、危惧されていた過疎化の心配もひとまずは小康状態に落ち着いた。  事が起こったのはそんな中でのことだった。遼二(りょうじ)が自ら寝ずの番で張り付いて警護をしていた昊凌(ハオリン)の寝所で、またもや幽霊騒動が勃発したのだ。頃は店がハネて男娼らが寝静まった未明のことだった。  明け方近く、昊凌(ハオリン)の甲高い悲鳴で妓楼内に戦慄が走った。 「誰かッ! 誰か来ておくれッ! 早く! 大変なんだ」  まるで気が触れた勢いで昊凌(ハオリン)は寝所を飛び出し、助けを要請。驚いた鐘崎(かねさき)組組員らと叩き起こされた男娼や店主らも急いで駆け付けた。 「昊凌(ハオリン)殿! 如何なされた!」  組員らが寝所へ向かうと、室内は白い(もや)で覆われており、またもや幽霊が出たと言って昊凌(ハオリン)が血みどろの寝巻き姿のままで震え上がっていた。 「どうなされたッ!? お怪我を――?」 「いえ……私は無事です。ですが(わか)さんが……(わか)さんがたいへんなことに」 「なんだとッ!? (わか)はッ!? (わか)は中か――」 「……は、はい……窓辺に人影が……(わか)様が応戦してくださったんですが既に……」  寝所から扉一枚で繋がった次の間に控えていた遼二(りょうじ)が悲鳴を聞きつけて即座に応戦したとのことだが、昊凌(ハオリン)は逃げるのに必死でその後どうなったのかは分からないまま部屋の隅で縮こまっていたところ、物音が止んだと同時に若頭が動かなくなっていることに気付いたというのだ。昊凌(ハオリン)自身も血だらけの様子から、凄まじい争いが起こっただろうことが想像できた。 「……ッ! (わか)! (わか)ーッ!」  組員たちはすぐさま加勢すべく踏み込んだ。  ――が、そこに信じ難い光景を目にすることになろうとは思いもよらなかった。  なんと、昊凌(ハオリン)の言った通り若頭の遼二(りょうじ)が床に倒れ込んでいたからだ。 「(わか)……! (わか)ッ、どうなされました!? しっかりしてくだせえ!」  焦燥感いっぱいに駆け寄って抱き起こすも、事もあろうに遼二(りょうじ)は既に息絶えていたのだ。  胸元には刺されたばかりと思われる鮮血が上半身全体に広がるように覆っていて、一目で助からないと思える無残な有り様だ。顔色は蒼白く、抱き起こせども反応は無い。何よりもしっかりと開いた瞼の中の瞳が死を物語っているのだ。  組員たちは最初、これが若頭の作戦の一環かと思ったものの、呼び掛けれど揺すれどほんの僅かの動きすら見受けられないのだ。 「まさか……(わか)に限ってこんなことは……」  そうは思えども目の前にあるのは微塵も動かぬ遺体そのものだ。驚愕のままにその場を動くことすらできずにいる組員たちの元に、(イェン)紫月(ズィユエ)が駆け付けてきたが、この場の光景を理解するには時を要したほどだった。 「りょう……? おい……どうした」  (りょう)ーーーーーッ!  一瞬で血の気を失った紫月(ズィユエ)の顔色は、蒼白いを通り越して自らも息絶えてしまったかのように真っ白になっていく。  血みどろの身体に縋り付く紫月(ズィユエ)の悲痛な絶叫が未明の妓楼内にこだました。 ◇    ◇    ◇

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