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「待て――」
突如、張りのある声音で呼び止められ、昊凌 は驚いて振り返った。
無理もない。呼び止めたのは今の今まで気が違ったように号泣していた紫月 だったからだ。
しかも――その号泣とは裏腹に、まるで不敵な笑みすら浮かべながらこちらを見据えているではないか。
昊凌 はあまりの驚きに声すら満足に出せなかったようだ。
「……あの……紫月兄 さん……?」
ようやくのことでそれだけ発し、今度は昊凌 が茫然自失状態で蒼白となる。
「昊凌 、残念だがこれまでだ。瑞雲楼に帰すわけにゃいかねえな」
普段からは想像もできない低い圧を伴ったバリトンの美声と鋭い視線が昊凌 を射抜く。
「ってよりもだ。おめえのような輩にゃ、二度と男遊郭の敷居を跨がせるわけにいかねえ」
「な……! あの……兄 さん、それはどういう……」
「どういう意味かって? そいつぁおめえさんが一等承知だろうが」
「……は? いったい何のこと……でしょう。私には何が何やら……」
冷や汗を袖で拭いながら後ずさる昊凌 の腕を紫月 の白魚のような手がグイと捻り上げた。
「いつまでシラを切るつもりだ! てめえのやったことは既に全部割れてる」
まさにドスの効いた――というに他ならない野太い声音は普段の鷹揚な紫月 からは想像もつかない別人のようだ。
「兄 さん……何を……。私にはまるでワケが分からない……」
「分からなきゃ教えてやるべ。今回の幽霊騒動、全部おめえさんの仕業だろうが! それだけじゃねえ。三年前と二年前の瑞雲楼の花香 と星海 ! ヤツらを殺 ったのもてめえだ!」
「ま……ッ、まさか……! 兄 さん、急に何を言い出されるんで?」
「まだシラを切るってか? そんじゃ仕方ねえ」
クイと顎で指されて後方を振り返れば驚愕の光景が――! なんとそこには鐘崎 組組員らに羽交締めにされた常連客の男の姿に目を疑った。
「そいつはおめえさんのお客だろう。見覚えが無えとは言わせねえぞ」
「……た、確かに私を贔屓にしてくれているお客ですが……なぜ彼が……」
「なぜ――ここに居るかって? どこまでも往生際の悪い野郎だな。そいつから入手した薬物を男娼仲間に盛って殺害した。三年前の花香 と二年前の星海 、次いで今回の翠萌 ! それだけじゃ飽き足らず、こともあろうに必死でおめえを警護してくれてた遼二 にも手を掛けやがった!」
紫月 は懐から小さな巾着を取り出すと、勢い良くそれを昊凌 の足元へと放った。
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