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「だがまさかお前さんのターゲットがこの俺だったとはな」 「……ターゲットだなんて……誤解もいいところですよ! それよりもどうやって……死を逃れたんだ。私が見た時、あなたは確かに血だらけだった……」  ぐったりとして動かずに、あの状態では完全に亡くなっていたはずだと唇を震わせる。 「わ、私は恐ろしかったが……それでも勇気を振り絞ってあなたを助けようとしたんだ。でも既にあなたは刺されて床に横たわってて……」 「ああ、そうだな。俺に襲い掛かったヤツはご親切にも刺した後で躊躇なく刃物を引き抜いて、それを数回繰り返すという残忍な手口を顔色ひとつ変えずに行った。大した度胸だと感心させられたものだ」 「……刺されたのは事実なのでしょう? だったらどうして」 「ああ。衣に忍ばせていたこのシリコンの袋だ。血糊が仕込んであって、刺せば血が噴き出すようにしてあった。下手人の衣にも相当な返り血が飛んだはずだ」  遼二(りょうじ)が懐から出した袋は全部で三つ。今は空になって萎んだ状態だが、乾いた血痕のようなどす黒い跡がこびりついている物だった。つまり、遼二(りょうじ)は刺されることを想定して、衣服の内側に三袋ものシリコンを忍ばせていたというわけだ。  とはいえ、いくらシリコンといえども刺される瞬間の力加減によっては己の身体に刃が貫通する可能性も大きい。その辺りの身体の差し引きの具合は組員たちに任せられるものではないから、遼二(りょうじ)自身が行う必要があったわけだ。 「……ま、まさかそれがこの私の仕業だって言うのかい……? 冗談じゃない! 私はただあなたを助けなきゃと思って、(あやかし)に恐れることも忘れて駆け寄っただけさ……! 血はあなたを抱き起こした時についたものだ」  こうなってもまだ罪を認めようとしない図太さには怒りを通り越して呆れさせられる代物だ。 「諦めろ。俺たちは何の証拠も無しにお前さんを下手人扱いしてるわけじゃねえ。お前さんが俺の茶に淹れた薬物も既に回収済みだ。成分の分析も済んでいる。お前さんの寝所の箪笥に後生丁寧に隠してあったぞ」 「な……ッ、まさか……」 「証拠のブツが出ちまった以上悪あがきはやめるこった。何よりお前さんにこの薬を流した(やっこ)さんから証言は取れてるんだ」  クイと顎先で羽交い締めにされている客の男を指す。 (ク……ッ! まさか全部暴露したというわけか……。この役立たずが!)  そんな気持ちが透けて見えたのか、客の男はニヤっとバツの悪そうに苦笑しながらも、 「へへ、すまねえな昊凌(ハオリン)さんよ。俺ァあんたにその毒薬を調達さしてもらっただけさね。そいつをどう使おうが俺にゃ関係の無えこった。これ以上関わるってーとロクなことは無えと踏んで、こちらの旦那方にホントのことをお伝えしたまでよ」  ここいらで堪忍することだ――と吐き捨てられて、昊凌(ハオリン)は完全に退路を断たれたことに気付いたのか、ガックリとうなだれつつも逆に開き直るように鼻で笑ってみせた。 「……そういうことかい。は――! お前さんなんぞに頼むんじゃなかったよ。この裏切り者が!」  チッっと吐き捨てるように舌打ちをするも、もはや言い逃れはできないと悟ったようだ。

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