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「アンタを刺したのも確かにこの私の仕業さ。だけどその後、私はアンタが死んだのをはっきりと確認してからドライアイスの靄 を仕掛けたんだ。アンタは呼吸もしてなかったし、心の臓の脈だって動いてないのをちゃんと確かめた。なのになんで……」
「生きていたのかって? そいつは知る必要の無えことだな。ひとつ言えることがあるとすれば――それが俺たちの生きる世界だってことだ」
「ど……ういう意味だ……まるで分からない」
「分からなくて結構。というよりも知らずにいた方がお前さんにとっても幸せだということだ」
遼二 はこの昊凌 に疑念を持ち始めてから、密かに焔 に頼んで飛燕 を応援に回してもらっていた。万が一昊凌 が本性を見せて自分を襲って来た際には、敢えて殺されたふりをして言い逃れの出来ない状況を固める為――つまりは尻尾を出させるようにと周到な準備をしていたのだ。
これまでの殺害を何の躊躇いもなく行なって来た下手人だ。遼二 は当初、まさか自分自身が標的にされているとは思ってはいなかったものの、この昊凌 が張り付いている警護――つまりは自分――を眠らせるか、ひょっとすると殺害するだろうことを念頭に入れていた。昊凌 にとって、年がら年中自分に張り付いている警護者は邪魔者以外の何ものでもないからだ。そうして警護者を始末した後に本懐を遂げに向かうだろうことも想像がついていた。その際、手に掛けた警護者が本当に息絶えたかどうかを確認する可能性が高い。死んだふりをすることもできたが、残忍極まりない下手人を前に死体を演じ続けることは如何に百戦錬磨の遼二 であっても不安の残るところだ。先の――簪 で殺された男娼のように血糊を仕込めない首筋などを刺されたりしないとも限らない。それらを回避する為に、遼二 を仮死状態にしたのは飛燕 の技であった。
かつて飛燕 は遊郭街の悪の枢軸だった羅辰 からの命によって、病に罹った遊女男娼らを始末するという役目を引き受けていた。だが実際には葬ることなく彼らを仮死状態にしてこの地下街から逃し、医師の鄧 一家に託していたわけだ。遼二 が飛燕 に応援を要請したのは、実にその腕前を奮ってもらう為だったのだ。
「俺の死を確認すれば、お前さんは安心してその後の行動に出ると踏んだのでな」
案の定、昊凌 はドライアイスで幽霊騒ぎを起こし、″若頭は自分を守る為に戦って命を落とした″という状況を作り上げた。
「俺はまさか自分がお前さんのターゲットだとは思っちゃいなかったからな。俺を始末した騒ぎに乗じて、本当の目的である誰かを葬りに向かうと思ったわけだが――」
まさか自分が狙いの真打ちだったとはさすがに予測できなかったと言って微苦笑を浮かべた。
「お前さんが俺の腹を刺した際に漏らしたひと言には正直驚かされたものだ」
あの時、暗闇の中で昊凌 はこう言った。
『目障りなドブ鼠め! お前なんかに紫月兄 様を盗られてたまるもんか』と――。
「あのひと言でお前さんの目的の一人がこの俺だったのかと確信したのだ」
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