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「ああ、翠萌(ツィーメン)ですか。確かに妓楼も違うし今すぐに目の上のたんこぶになるというわけじゃなかったんですがね。ヤツには(あに)さんも目を掛けていらしたし、客からの指名も鰻上りだった。いずれ邪魔になるのは目に見えてましたからね。ですが実のところを申しますと、殺す相手はなにも翠萌(ツィーメン)でなくとも良かったんですよ。将来私の足枷になりそうな者で、御職とは掛け離れた存在なら誰でも――ね。あなた方は幽霊騒動で狙われているのが瑞雲楼の御職じゃないかと目星をつけていた。その目をごまかす為に御職とは関係のない誰かに死んでもらう必要があったというだけですよ。目的は″(あやかし)の仕業で誰かが死ぬ″という事実を作り上げられれば良かったわけですから」  聞いている紫月(ズィユエ)らにとっては、もはやワナワナと身が震え出すのを抑えられないほどに身勝手極まりない言い草だ。  そして昊凌(ハオリン)はこうも続けた。 「鐘崎(かねさき)組の若頭を狙ったのも似たような理由ですよ。こいつは遊郭街の警備隊と称して、頻繁に紫月兄(ズィユエ あに)さんの元へ顔を出してた。このままでは多かれ少なかれ、いずれは私の邪魔になるだろうとね」  昊凌(ハオリン)はフイと鼻で笑いながら更に付け加えた。 「知ってますか、(あに)さん。そいつ――鐘崎(かねさき)組の若頭は、おそらくですがあなたに惚れてるんですよ? 何だかんだと理由をつけては椿楼へと顔を出す。単にあなたに会いたいからですよ。そんな邪な下心を微塵も見せずに硬派を気取って――滑稽ったらありゃしませんよ! 好きだと打ち明ける勇気もなく、そのくせ何かにつけて理由を探しちゃ会いに来る。そんな抜け作があなたの側でウロチョロされてたんじゃ目障りだ。その実、あなただって迷惑に思ってるかも知れない。だから私が退治してやろうと思ったのに」  残念ながら失敗に終わりましたがね――と、昊凌(ハオリン)は自らを侮蔑するかのような笑みを見せた。 「私はね、他の追随を許さないほどの大物の男娼になって、あなたと一緒に男遊郭を切り盛りしていくのが夢だったんですよ。あなたは誰にでもやさしくて、男娼たちのことも家族のように大事にして、男遊郭の誰からも尊敬されてた。そんなあなたの隣に立って、あなたの唯一の相棒はこの私だと――遊郭街の皆に認められながら生きていくことが夢だった。あなたに――誰よりも頼られる存在になりたい、そう思ってがんばってきたんです。例えイケすかない客にも身体を張って相手して……辛酸を舐めても高みを目指してきたつもりです! でも――どんなにがんばっても次から次へとライバルが生まれ出でてくる……。花香(ホアシャン)星海(シンハァイ)が消えたと思ったら今度は日本から来た極道者があなたの周りをウロチョロし始めた。しかもこの九龍城砦地下街を治める皇帝の親友ときたもんです! あなたはヤツを信頼しているようでしたし、これじゃまた私はあなたにとっての″一番″になれない。だから消えてもらうしかないと思ったんです。何も好き好んで殺害なんていうリスクを犯したわけじゃない。私にだって真っ当な夢と目標があってのことです!」  ツラツラと、まるで悪気のなく――どころか立派な夢を持っている自分に酔っているような言い草に、ついには堪忍袋の尾が切れた。 「貴様……」  てめえなんざ人間のクズだ! と怒鳴ってぶん殴ってやりたい気持ちを抑えて、紫月(ズィユエ)昊凌(ハオリン)の目の前に歩を進めた。 「昊凌(ハオリン)――いや、てめえにゃこの源氏名で呼ぶ価値も無えな。せめてもの償いに、生涯二度と出られねえ檻の中で、てめえのやったことを悔やみ続けるんだな」  言うと同時に目にも見えぬ速さで攻撃を食らわせた。  何が起こったのか、紫月(ズィユエ)が何をしたのかも分からないままに、気付けば昊凌(ハオリン)はその場で意識を失っていた。  側で見ていた(イェン)遼二(りょうじ)らにとっては、一瞬葬ってしまったのかと錯覚させられたくらいだ。  正直なところ、例えばこの紫月(ズィユエ)下手人(ハオリン)の命を奪ったとしても、誰もそれを咎めることはできないと感じていた。遊郭街の頭として男娼らを家族のように思ってきた彼だ。亡くなった者たちの仇を討ちたい気持ちは聞かずとも分かるからだ。  だが、紫月(ズィユエ)はそんな憤りの気持ちを精一杯抑えて、峰打ちに留めただけであった。 「()っちゃいねえ。()る価値すら無え」  万感の思いを封じ込め、低い声音でそれだけ漏らすと、孤独のままにその場を後にしたのだった。 ◇    ◇    ◇

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