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第10話

もう2時間近く朔也の部屋の前を行き来している。下手したら通報されるかもしれないと思い途中で飲み屋に入って時間をつぶした。やっと朔也が帰ってきたと思えばイケメンの男連れだった。 なんでラインを見ないんだ。夕方には新幹線からメッセージを送ったというのに。 確かに最近仕事が忙しく、週1で東京まで来るのが厳しい時もあった。 店の改装でバーをひと月閉めると聞いた時には、少し仕事に集中できると思った。 また1ヵ月後に会いにくればいいし、その時までに今やっている事案を片付ければ時間に余裕ができるだろうと思っていた。 「うわぁ!びっくりした。怖いです、どうしたんですか?」 朔也は俺の姿を見るなり、腰を抜かさんばかりに驚いた。 「いや、時間ができたから。急に来てしまった。驚かせた大丈夫?」 苛立っている感情を表に出さないように彼の腕を取る。 「や、あの大丈夫ですけど、来るなんて言ってなかったですよね?」 ライン見ろよと言いたい気持ちを押しとどめた。 笑顔が引きつる。 勝手にやってきたのは自分だし、ましてや朔也を束縛する筋合いはない。俺は恋人ではないのだから。正直、彼に非は無い。 普段、女性は簡単に自分になびく。そう思って生きてきたし、実際、なびかなかったことはない。 だけど彼は完全に男だ。 それに『惚れ薬説』を信じ込んで責任を感じて自分に付き合ってるだけの可能性もある。 その証拠に、一度も朔也から俺に連絡をしてきたことがない。 欲しいものをねだったり、女みたいにどこかへ連れて行ってとも言わない。 仕事で帰る時も引き止められた事がない。会いたいとも言わない。 もはや自分が嫌われている可能性すらあるぞと、急に焦りが出てきた。 考えれば考えるほどこの関係性は難解だ。 ただ、毎回、俺、頑張ってるだろ。 めちゃくちゃ朔也をよがらせてるし、何度もイカせている。恍惚の表情を浮かべ、最後には涙を浮かべながら達しているはずだ。 男は、いや朔也は何を考えているのか分からない。 若いからやはりプレゼントが欲しいのかもしれない。アクセサリーとか、時計だろうか。花束か。 メロンや桃やイチゴじゃ駄目なのか。季節外れのフルーツは下手したらアクセサリーより高額だぞ。それに重いし、毎回けっこう持ってくるのが大変なんだぞ。マンネリ防止に、たまにドリアンとかマンゴスチンとか変わり種も織り交ぜてるじゃないか。 俺の勤務地が大阪だと知ったら朔也はきっと、わざわざ東京まで来なくていいと言うだろう。 毎週新幹線で通っているなんて言えるわけがない。 じゃあ君が会いに来てくれるか?なんて言えるはずもない。 「どうしたんですか?入らないんですか?」 いつの間にか朔也は、ドアを開けて待っていてくれたようだった。 「朔也……飯は食った?」 「今日はたまたま知り合いとあったので、スペインバルに行ってきました。新しくできたお店で、もしかしたらうちのライバルになるかもしれない店です。偵察です」 「そうなんだ、知り合いって?」 少し突っ込んだ質問をしてしまった。 「マスターの友達の方です。とてもいい人で、ご馳走していただきました」 「楽しかった?」 「はい。とても話が合う人なので有意義な時間を過ごせました」 悔しい思いが込み上げる。俺はまだ一緒に食事に行ったことがないんだぞ。 思わず背中から朔也を抱きしめた。 「ちょっと、待ってください。まだ荷物も下ろしてないので」 「いや、下ろさなくていい。そのまま出かけよう」 「え?」 「食事をしに行く」 「お腹減ってるんですか?まだ食べてなかったの?」 「ああ。君は酒でも飲めばいい」 新幹線の中で弁当食ったから、腹はそれほど減っていないが、とにかく二人でどこかへ行きたかった。 そのスペインバルという店よりも、もっと高級でお洒落で朔也が喜びそうな、そんな場所へ連れて行きたかった。 「ちょっと疲れているので、もう外出したくはないんですが……何か作りましょうか?豪華なものはできませんけど親子丼ぐらいならできます。鶏肉があるんで」 朔也の手料理が食べられる!浮足立ってしまった。ぐらりと気持ちは親子丼へ傾く。けれど…… 「朔也が行きたい所とかあれば連れてくから、スペインでもどこでも。なんなら本場まで行ったっていい」 彼はそんな俺の言葉を無視して。 「先にシャワーを浴びていてください。その間にササっと作ってしまいますから」 そう言うと急ぎ足で部屋の中に入ってしまった。

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