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第11話
何か嫌な事でもあったんだろうか。
激しく身体を求められた。
堂本さんのたくましい腕に抱き寄せられると、一気に体の力がぬけて脳内の何かが溶けてしまうほど熱くなる。
そのせいで、悩みがあるのか、何か困った事でもあったのか、訊く余裕がない。
話をする時間が惜しいくらい求めあって、その快楽に溺れてしまう。
自分がおかしくなっているのがわかる。
それはどんどん酷くなって、大学で勉強していても、アルバイトしていても、空きがあれば一日中彼のことを考えてしまう。
一緒にいる時は必ず抱き合っている。
食事をしたり入浴をする時間よりも、彼が僕の中に入っている時間の方が長く感じるほど。
セフレというのはそういうものだろう。会えば身体を重ねる。事が終われば自分のいつもの生活に戻っていく。
それが正解の形なのだろう。
呼吸に合わせ上下する彼の胸の動きを背中で感じながら朔也は声を殺して泣いた。
朝が来て、太陽が真上に来る頃に、彼は行ってしまう。
自分の居るべき所へ帰っていくのだ。それはきっと大切な人が待つあたたかい場所なんだろう。
ワンルームの小さなベッドは二人で眠るには狭すぎる。
彼の足は必ず出てるし、くっついていないと、どちらかが下に落ちてしまう。
狭いスペース、大きな男性だと伸びをする事すらできない。どこかに肩や頭をぶつけてしまう。
いつも縮こまって生活しなければならない。
ミニキッチンはちゃんとした料理を作るには狭すぎだし、ユニットバスは湯船に浸かる事すらしんどい。くつろげる場所なんてこの部屋にはない。
やることをやったら帰りたくなるのは当然だろう。
堂本さんと体を重ねる事で心がこんなに乱されるとは思っていなかった。
そもそも、僕は彼の何を知っているんだろう。
詳しい住所も知らない。一軒家に住んでいるのかマンションなのか、大学はどこを出たのか、仕事で何をしているのか。友達は?好きなスポーツは?
聞けば答えてくれるだろう簡単な事を、聞けない理由はただひとつ。
彼に奥さんがいると思うからだ。
そして堂本さんが初めてお店に来たあの日、彼は左手の薬指にプラチナの指輪をしていた。朔也は確かに見た。
あれは結婚指輪だった。
彼への思いが溢れ出しそうで怖かった。
彼とはセフレの関係、自分が重たい気持ちをぶつけてはならない。そもそも初めから媚薬のせいで起こった事故のような間柄で、それがただなんとなく続いていただけだ。
堂本さんはそもそもノンケで初めて男を相手にして物珍しかっただけだろう。試してみると意外と気持ちよかったそれだけだと思う。
自分からこの関係を断ち切らなければならない。
長く続けば続くほど彼に執着してしまう気がする。
もう終わりにしなければならない。
今日彼が初めて食事に行こうと言ってくれた。
僕は嬉しかった。それは本当に泣きたくなるほど嬉しかった。
朔也は隣で眠っている堂本さんの首筋に顔を埋め、彼の匂いを吸い込んだ。
付き合っているわけではないので、別れるという言葉は適当ではないのかもしれない。けど一応ケジメはつけたほうがいい。
仮にも法曹を目指す者として、彼の妻から訴訟を起こされる可能性がある状況を、自分が作っていること自体あってはならないことだ。
このまま一緒にいれば、ずっと傍にいて欲しいと思ったり、運命の人だと勘違いしたり、わがままになり、贅沢になる。
間違いは早いうちに正さなければならない。
朔也は決心した。
僕が彼を『愛している』と気が付いた以上、続けることはできない。
朔也の目から涙がはらはらと流れ落ちた。
俯いて歯を食いしばり必死にこらえた。
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