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第12話

最近堂本さんは仕事が忙がしそうだった。朔也のもとを訪れても、バーには立ち寄らず、朔也が帰宅するまでベッドで眠っている事がしばしばあった。 「自宅で休まれたほうが、疲れが取れるんじゃないですか?」 少し痩せたんじゃないかと心配になり、無理して来なくてもいいとそれとなく伝えたつもりだったが。 「朔也を抱いてたほうがいい。ぐっすり眠れる」 そう言われたので後の言葉が続かなかった。 「卒業したら旅行にでも行くか……試験は7月だろう?」 彼の言葉にハッとした。 「試験が終わるまでは勉強に集中したいので」 朔也はごまかした。 これ以上関係を深めることは危険だ。 先が見えない関係を続ける意味のなさを堂本さんもわかっているだろう。 根を詰めすぎると逆効果だぞと言いながら、彼は僕の服を脱がし始めた。 3月に法科大学院を卒業すると、残すところ7月にある司法試験のみだ。 後は勉強に集中する。 司法試験を受けるために必要なのは受験料の3万だけ、あとは何も必要ない。 朔也は部屋の荷物をダンボールにまとめていた。 一人暮らしなのでそれ程荷物は多くないが、引っ越し業者に見積もりを頼むと、持っていくより、新しく買ったほうが安いことに気がつく。大きな荷物はすべて処分することにした。 九州の実家へ帰り、福岡の試験会場で司法試験を受けるつもりでいた。 東京でこのまま暮らして行く必要はない。 食事と眠る場所の心配も、実家ならばしなくて済むだろう。 久しぶりに実家に電話すると、親は喜んでくれた。 『学費も何も援助して無い。せめて、勉強に集中できる環境くらいは整えるから、いつでも帰ってこい』 そう言われて、少し子供を放置気味だなと思っていた両親が、実は心配してたんだなと、今まであまり帰省していなかったことを反省した。 4人兄弟の末っ子で兄弟は全て男だった。 最初の2人までは何とか私立の理系の大学まで援助して、卒業させることができたようだが、流石に末っ子の朔也までは金が持たなかったのだろう。 ひとつ上の兄は高校を卒業し就職し、消防士になった。 両親は朔也にも就職してもらいたいと思っていただろう。まだ勉強するつもりでいると言った時は、残念そうな顔をされた。 高校までちゃんと出してもらえたし、朔也のやりたいことに対して、とやかく言われなかったので、自分としては好き勝手にさせてもらえたことに感謝している。 『PROBE』のマスターには、最初から3月までのアルバイトになりますと言っていたので、実家に帰っても勉強頑張れよと応援してもらえた。 二十歳になってから4年間お世話になった。 住まいも提供してもらい僕としては、恩返ししたい気持ちでいっぱいだった。 今はまだ何もできないので、弁護士になったら何か役に立ちたいと思った。 堂本さんから長期の海外出張が入ったと連絡があった。 3月はほぼ会えない旨を伝えられる。 卒業式を終えた後に九州へ帰ることにした。顔を見るとまたズルズルと関係を持ってしまいそうだったので、このタイミングで引っ越しの準備を整えた。 四年間住んだ部屋は、荷物がなくなると意外と広く感じられた。『PROBE』のマスターに挨拶に行きその足で飛行機に乗って朔也は九州へ帰った。 飛び立つ飛行機の窓から外を見る。 東京のビルの明かりが『お前は都落ち』と嘲笑っているかのように、地面一帯を青白く光らせていた。 逃げるわけじやない。新しく始めるんだ。 どんどん小さくなっていく窓の外の地上があっという間に雲の下へ消えていく。 東京で出会った人達は自分の中でかけがえのない友人になった。 全てが落ち着いたら必ずまた東京に戻って来ようと決意した。 実家へ帰ると何故か兄弟全員が集まっていて、少し恥ずかしい気持ちになった。 変なパーティーを母が準備してくれて、近所のおばちゃん達がやってきた。 居心地の悪さ、この上ないと感じたが、長年の接客業務で培ったバイタリティで乗り切った。 その夜やっと一人になれた自分の部屋で電話をかける。 コールは3回ほどだった。 すぐに電話に出た堂本さんは、なんだか嬉しそうだった。 そういえば電話で話をしたのは初めてかもしれない。今まで自分から連絡したことはなかった。 『もう関係を終わらせたいです。僕はセフレですよね?だって会うたびそれしかしてませんから』 朔也ははっきり言う。いつまでもダラダラ関係を続けるわけにはいかない。 『……まぁ』 電話の向こうで堂本さんが息を呑むのがわかる。 『もう堂本さんとは体の関係を持ちたくありません』 『なんで?……俺は嫌だ』 『しんどいから』 『そうなの?』 『もう惚れ薬のせいだとか、そんなのは無しでお願いします』 絶対にはぐらかされたりはしない。うやむやにしては駄目だ。 『急すぎだから却下』 『話が通じませんね……』 『なんで俺が中国に出張してる時に言うの?』 『会えば流されます。堂本さんのペースになるからです。とにかくもう終わりです』 『……この電話は、電源が入っていないか、電波の届かない所に……』 『ふざけないで下さい!』 『わかった。日本に帰ったら話をしよう』 『もう……』 『悪いが、今、仕事が追い込みに入っている。大事なところなんだ。来週日本に帰ったら必ず時間を作るから少しだけ待ってくれ』 『……無理です』 流れ落ちる涙が、電話越しでは見えない事が救いだ。最後くらいスッキリ別れさせて欲しい。 『今から1番早い便で帰る。待ってて』 プツンッ……と電話は切れた。 堂本さん。 僕はもう……東京にはいません。

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