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第14話
ある程度の経験を積んだら独立したい。
数をこなしてなんぼの商売人的な事務所ではなく、ゆっくりと、ひとつひとつの案件を丁寧に解決していくような仕事が出来れば良いのにと感じていた。
朔也はガラス張りの店内から、行き交う人々の姿を見ていた。
平日の午後3時。速足で歩く人達は皆仕事中だろう。
頑張って、やりたくない仕事でも仕方なく働いているんだろうな、とスーツ姿に身を固めたサラリーマンを眺めため息をついた。
ここは御堂筋に面したカフェで、カウンターテーブルが窓際に配置してある作りだ。客は外の景色を見ながら、コーヒーを飲むスタイル。
職場に近いこの店は、ひと息付きたい時にたまに足を運ぶ。
見覚えのあるリーマンが歩道を急ぎ足で歩いていく姿が目に入った。
背が高いその男性は上質な黒のスーツの上下に美しいフォルムのストレートチップの靴を履いていた。
ビジネスバッグは、有名ブランドの物だった。
そのバックは朔也が買おうと思って手にとってみたが、あまりの重さに断念した物だった。
戦地に持っていっても銃弾を跳ね返せる作りになっていると店員さんに言われ、鉄板でも入っているのかもしれないと思わず側面を叩いて確認したくらい頑丈に作られたビジネスバッグだった。
まぁバッグの事はどうでもよくて、問題はその男性が『堂本さん』だったことにある。
思わず顔を隠すポーズを取って、何気なく後ろを振り返り、顔がガラス面から見えないように動いた。
全身で身を隠すようなアクションをとる自分は逆に目立ったのかもしれない。
そのリーマンは特に気にかけるでもなく歩道をまっすぐ歩いて行った。
と、思ったが、ガラス越しに奇妙な動きをする若者(朔也)に気がついたのか、10メートルほど過ぎたあたりで急にこちらに引き返してきた。
まずい。完全に詰んだ。
隣の席に置いていたリュックを鷲掴みにし、広げた書類をしまいかけたその時に店の自動ドアが開く。
バレた。いや、バレたよな……。
ゆっくりとした足取りで朔也の方に近づいてくる男性の姿を背中で感じる。
「……お久し振りですね、青木さん」
その、低い大人ボイスに背筋が凍りついた。
「……」
堂本さんは朔也がリュックを置いていた椅子に許可もなく座った。
「今更ですが名刺の交換をしていなかったのでこちら」
慣れた様子でケースから名刺を取り出し朔也の前に置いた。
『株式会社久徳リゾート 弁護士 堂本翔平』
べ、べ……弁護士?
堂本さんは弁護士だったの?知らない、いや聞いてなかった。
驚いた顔で名刺を凝視する朔也の前に右手を差し出す。
「名刺、名刺持ってるだろう。社会人のマナー」
断れない圧を感じる。
堂本さんと会うのは3年、いや3年半ぶりだろうか。
もう昔のこととはいえ、ラインはブロックしているし、その後携帯番号も変わった。完全に連絡が取れない状況に持ち込み、話をしたいといった彼の前から姿を消したのだ。
たぶん怒っているだろう。
一方的に別れを告げたわけだから彼の中には恨み?憎悪が渦巻いているかもしれない。
『PROBE』マスターから、彼が何度も店に来て朔也の居場所を尋ねると言われた。
二度と会いたくない人だから連絡先を教えないで下さいと固く口止めした。
もう彼とは会うことはないと思っていたのに、東京ならまだしも、なぜ大阪で再会してしまったのか。
朔也は仕方なくわなわなと震える手で自分の名刺を差し出した。
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