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第15話
勿論、堂本さんと連絡先を交換した。名刺交換をしているんだから朔也の会社はバレている。拒否するのも今更だ。
事務所に戻って三年前の記憶を呼び起こし考えた。
『終わり』だという事は告げたはず。だから彼に怨まれる筋合いは無いだろう。
深呼吸をすると仕事に戻った。
先輩弁護士の木村先生は、帰社してからの朔也の様子が気になっていたようだ。
「何かあったんか?きょどってるぞ」
「いや、別に何でもないです」
朔也は首を振ると、モニターの電源を入れ、そして久徳リゾートのホームページを開く。
上場していない企業のようだが年商をみるとかなりの大手。堂本さんはそこの企業内弁護士(インハウスローヤー)らしい。
企業は弁護士と顧問契約を結ぶことが一般的だったが、昨今、企業独自で弁護士を持つところが増えている。
大手は特に、社内における労使トラブル、M&A・組織再編。拡大する法務リスクに迅速、内密に対応するため、企業内弁護士を持つ必要性があるといわれている。
彼は出張の多い仕事だと思っていたので営業職かと思っていた。
弁護士だったのなら、いろいろ教えてもらいたいことが沢山あったのに。司法試験の事とか司法修習の事とか就職の事とか。
彼が朔也に職業を教えなかったという事は、身元を隠したかったからに他ならない。勤務地が関西である事も教えてもらえなかった。その事から考えると自分はやはり遊び相手セフレだったのだろう。
「朔也、なにみてんだ?仕事しろよ。……久徳リゾート?」
木村先輩が横からモニターを覗き込む。
「たまたま知り合いに出会いまして、久徳リゾートで働いているようなのでどんな会社か気になって」
「ああ、大手の不動産屋だな。リゾート開発手掛けてるんだけど土地や企業買収も得意だったはず」
「そうなんですね。」
さすが先輩、何でも知っている。
「弁護士仲間か?」
と訊かれたのでそうですと答える。
「インハウスローヤーだったら、うちみたいな小さな案件なんか比べ物にならないくらい、でっかい仕事やってるだろうな。M&Aとか。凄いなそのツレ」
「……そうですね」
考えてもしょうがないと、仕事に戻る。
「大きな会社やと、M&Aで弁護士が50人くらい動くんやぞ」
「は?50人?」
もうなんか雲の上の話みたいだ。まだまだ知らない事が多い。もっと勉強しなければならないと自分の知識の乏しさに猛省した。
就業時間はとっくに過ぎた夜9時にスマートフォンにメッセージがきた。
ショートメールだった。
『仕事が終わったら連絡をください。何時でもいい』
堂本さんからだった。
せめて明日とかにしてほしい。今日はもう疲れた。
『仕事が立て込んでいて、遅くなります。明日はどうですか?明日なら19時くらいに帰れそうです』
『了解。明日19時、今日のカフェで待っています』
明日は木村先輩は出張でいないので、帰りは遅くはならないだろう。
何を着ていこう。少しは大人になったところを見てほしい。
スーツだって新しく何着か買ったし、少しは学生時代よりかっこよく見せたい。
まるでデートするみたいなことを考えている自分に苦笑いする。
「なに?さっきの友達と約束でもしてるの」
スマホに返信しているのを先輩に見られた。
まったく、人の一挙手一投足をチェックしているのかと少しムッとする。
「久しぶりに会ったんで、ご飯でも行こうかとかそういう感じです」
「お前、分かってるだろうけど引き抜きとかだったら断れよ。こことは扱う案件が違いすぎるんだから」
「心配しすぎです。木村先生がもう少し僕に優しくしてくれたら、どんな引き抜きの話があっても応じないんですけど」
冗談めかして言うと「善処する」といつになく優しい言葉が返ってきた。
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