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第16話
19時ちょうどに昨日のカフェに到着した。
堂本さんは先に来ていて、カフェにいる他の女性客の目をくぎ付けにしていた。
そういえば彼は人目を惹くイケメンだった。あの容姿で士業なわけだからモテないはずがない。
堂本さんは朔也に気がつくと右手を軽く上げた。
彼の待ち合わせの相手を確認すべく、周りのお客さんの視線が朔也に移った。
この辺のお店にまだあまり詳しくない朔也は、堂本さんにお任せして食事に行くことになった。
街中にいながらバリ島のリゾート気分を味わえるというレストランに連れて来てもらった。
店内に川が流れている。
ボックス席に落ち着くと、久しぶりにしっかりと正面から堂本さんの顔を見る。
もうあの頃の僕とは違って誰に対しても社会人としてきちんと対応できる。そう思ったが相変わらずの彼の整った顔に、赤くなって目を逸らしてしまった。
お互い飲み物と食べ物をを注文する。
「まさかこんなところで朔也に会えるなんて思ってもみなかった」
「僕も同じくです」
「何度も連絡を取ろうとした。『PROBE』にも通ってマスターにも聞いたが、教えてもらえずだ」
マスターから堂本さんが店にやってきたことは何度も聞いていたし、連絡先を知りたがっている事もちゃんと伝わっていた。マスターも困っただろうなと『PROBE』のみんなに申し訳なく思った。
あまり嬉しそうにしていない朔也の顔を見て、堂本さんは、まぁ今更だなと低く呟いた。
お互いぎこちないながらも会っていなかった3年間の話をした。
「司法試験には受かると思ってた。お前、頭良かっただろう」
「何故そんなことわかるんですか?」
「部屋で勉強してた内容をみていたし、模試の結果も勝手に見た」
虚を突かれたような顔で朔也は堂本さんを見返した。
人の模試を勝手に見てたなんて、部屋の鍵を渡すんじゃなかった。
「堂本さんが大阪勤務の人だなんて知りませんでした。弁護士だったことも知らない。何も教えてもらえない関係でしたよね?」
思わず、むっとして言ってしまった。
「そうだな。確かにそうだった。手の内にある時はその大切さに気がつかない。後悔先に立たずとはよく言ったもんだ」
堂本さんはあの頃より少し伸びた髪をさくっとかき上げた。
「覆水盆に返らずです。もう一緒に居る事が辛かったので連絡を絶ちました。そもそもお互い男同士のそういう事は初めてで、どうしていいか分からなかったのだから。それに、僕は堂本さんに恋人がいるのかも、結婚しているのかも聞くことができなかった。ただ体だけの関係でした」
ハッキリと言葉にして伝えられたことにホッとすると同時に当時の感情が蘇ってくる。
悔しさなのか、苦しみなのか分からない心情が顔に出ないように、朔也はぐっと奥歯を噛み締めた。
「他にはある?当時思っていたこと洗いざらい正直に話して欲しい」
堂本さんは納得したように頷きながら、思いのほか強く尋ねてきた。
「……もう、あんな気持ちになるのはたくさんだ」
朔也がようやく喉から絞り出した声は、くぐもってかすれていた。
店内が賑わってきて、客も増えたので店を出ることにした。
御堂筋を歩きながら堂本さんは3年前の自分の心境を語る。
「結婚はしていない」
堂本さんは少しあきれたように言葉を継ぐ。
「今も独身だ。あの時は他に誰か付き合っていた相手もいなかったし、フリーの状態だった。初めは媚薬?精力剤の効果かなんかでそういう関係になったけど、それから何度も自分から会いに行ったって事は、朔也の事を好きになったからに他ならない」
そんな事を今言われてもどう返事をしていいのか分からない。朔也はただ前を向いて当時の疑心暗鬼な自分の気持ちを整理していた。
「好きになった相手が男だったら、普通戸惑うだろ。俺もやはりかなり戸惑っていた。けれど会いに行くことはやめられないし、どんどん朔也に夢中になるしで、自分の気持ちを自分で受け入れる事が怖かった」
堂本さんの言葉に朔也は気まずそうに目を伏せる。
同じだ。自分も同じだった。
「あそこ、『PROBE』って2丁目が近かったから、LGBTの客もやっぱり多かったよな?」
「……そうですね。ゲイの方はお客様でも多かったです」
堂本さんは深く頷く。
「朔也は耐性があっただろう。俺にしてみたら、ああ、こいつは男同士でもあまり気にならないのかもしれないって思ったんだ。だから、体の関係だけを続ける事にも違和感がないのかなって。偏見かも知れないけど、そういう人たちって、一生一緒に居る相手を探すよりも、遊びで楽しみたいって考える人の方が多いだろうから」
「だから、僕も遊びで堂本さんと関係を結んでいたと思ったんですね」
彼はそうだと頷いた。
気軽に自分の体を差し出す。軽い男だと思われていたのかと思うと悔しい。
「仮に、体だけの関係だったことにして何がいけなかったんでしょう?昔話にしてしまえばそれで終わりな話ですよね」
堂本さんは冷たいねと苦笑する。
「大阪から東京まで毎週新幹線に乗って会いに行ってた。忙しくても疲れていてもだ。時間もかかるし金もかかる。体だけ求めるのなら、大阪でもいくらでも見つけられた。それなのに朔也に会いに行っていた。それってもう好きな奴なんだよな。誰にも渡したくないくらい惚れた相手だ」
堂本さんの思いもしなかった言葉に、朔也は驚いた視線を向けた。
こんな時間でもやはり人通りはあり、二人は御堂筋を駅に向かって歩いた。
ビルの窓にもまだたくさん明かりがともっている。
きれいに整備された広く長くまっすぐなこの道路は、大阪の人の誇りなんだろう。
梅田ー淀屋橋ー本町ー心斎橋ー難波、を南北に貫くメインストリート。
大阪駅から難波まで歩いてみたことがあるが本当に面白いいろんな顔を持つ通りだった。
「昔この道路は幅6mほどの狭く短い道で、数ある裏通りの一つにすぎなかった。大正から昭和にかけて工事が行われて、道幅を6mから約8倍に拡張。電柱を完全地中化し、道路の下に地下鉄を走らせたんだよ」
朔也はタクシーやバス、帰宅者の車でまだ混雑している御堂筋を見渡した。
そんなに昔からこの道路はあったんだと、堂本さんの話に耳を傾ける。
「当時は、工事反対派もすごかったらしいけど、変わるんだよな。道も時代も人の考えも。その時何が正解かなんて誰にも分からない」
信号が青に変わる。人々が動き出すざわめきの中で堂本さんは言った。
「でも、やってみる価値はある」
その言葉が何を指しているのか朔也は気がついているが、返す言葉が見つからなかった。
「黄色に色づいた900本を超える|銀杏《いちょう》並木。ギネス世界記録に認定された御堂筋イルミネーション。結構綺麗だぞ。まずは友達としてでいいから……一緒に見られるくらいは傍に居させて欲しい」
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