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第19話
会計を済ませ店の外に出た途端、急激に気分が悪くなった。
バーテンダーの経験から、気分が悪くなるほど大量に飲むのは NG であること、自分の限界は知らなければならないことを学んでいた。
若いと皆、無茶をしがちだが、気分が悪くなったり、酔って誰かに絡んだり、せっかくのお酒を吐き出してしまったりするのは、無礼で無駄で意味のないことだ。
お金を払いせっかく飲むのならば、おいしいお酒を、気分良く味わうのが一番いい。
先輩に勧められても、それほど強引に何杯も飲んだりはしなかった。
それに何より朔也は酒に強かった。
なのに今日は、気分が悪くムカムカし頭がクラクラする。さっきまでは大丈夫だったのに、こんなに体が熱くなる状態はおかしいと感じた。
店を一度出たが、お手洗いを貸してくれと、店の中に戻る。
そして30分ほどトイレにこもってしまった。
店員さんが心配して水を持ってきてくれた。
あまりにも長い間、トイレに籠もり過ぎたため、ご迷惑をおかけしましたと謝り無理やり外に出た。
先輩も一緒に付き合ってくれたので申し訳ないと思った。
タクシーでとりあえず家に帰るつもりだったが、今乗り物に乗ると最悪の惨状になりそうだ。
気分がマシになるまで、どこかで休憩がしたかった。
先輩は心配して、この先のホテルで休憩できるからチェックインすればいいと、連れて行ってくれようとした。
「間に合ったな」
低い声とともに堂本さんが後ろから現れた。
走ってきたようで息が荒い。
堂本さんの姿を確認すると、朔也はホッとして気分が楽になった。
彼がどうしてここにいるのか分からなかったが、助かったと安心した気持ちになり、ふらふらしながら歩み寄った。
「友人が迷惑をかけたようで申し訳ありません。後は僕が面倒見ますので」
そう言うと朔也の腕を取り「歩けるか?」と声をかけてくれた。
木村先輩は狐につままれたような顔をしていた。
「いや、あなたは誰ですか、彼は職場の後輩なので、僕が責任をもって送ります」
朔也は意識が朦朧としているものの、首を横に振り、先輩の提案を拒否する。
「私は彼の友人で、堂本と申します。青木弁護士は私の家に連れて行きます」
朔也はコクと頷いて、堂本さんに寄り掛かった。
「先輩ありがとうございました。ご迷惑をおかけしました。友人に送ってもらいます」
絞り出すように、なんとか声を出して先輩に伝えた。
「大丈夫ですって、お前それはないだろう。俺はここまで面倒をみたんだから最後まで……」
しつこい先輩に被せるように。
「こいつは酒に強いです。普段ならこんなに酔っ払ったりはしない。記憶をなくしたり、意識が朦朧としたり、吐いたりするまで飲んだりはしない」
堂本さんは朔也の状態をみながら。
「少し様子がおかしい。何か違うものを飲まなかった?朔也、酒以外に何か飲んだか?」
さっき先輩にもらった栄養ドリンクを思い出す。
「……栄養ドリンクを飲みました」
そう言った朔也に。
「何、どれ?どのドリンク、瓶はある?名前は覚えている」
堂本さんは朔也に尋ねた。
それを遮るかのように。
「いやもう瓶は捨てました。それなら、も、もういいから、遠慮せずに送ってもらえ。それじゃあ月曜」
先輩はうろたえた様子で、急に朔也を堂本さんに託した。
「いやちょっと待って、そのドリンクはどういったものだったの?」
「た、ただの二日酔い防止のドリンクだ!」
「名前は?商品名!」
堂本さんは強く先輩に言い寄った。
先輩はタクシーを止めると、急いでそのまま乗り込んで行ってしまった。
堂本さんは先輩を止めようとしたが朔也が寄りかかっていたので上手くいかなかった。
「ドリンクはどこ?ラベルは見た?」
朔也は『ラベルはなかった。店で飲んだ』と店の方を指差す。
「少し待ってろ」
堂本さんはそう言うと、先ほど朔也が食事をしていた『榊』へ入っていた。
10分ほどして、ビニール袋に先ほど飲んだドリンクの瓶と、一緒に捨てられていたらしい紙袋を手に戻ってきた。
彼の顔は苦しそうに見えた。肩も小刻みに震えている。
「朔也、懐かしいものが手に入った。忘れもしない。これ、お前が俺に飲ませた媚薬だぞ」
そう言うと、我慢できないという風に大きな声を上げて笑い出した。
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