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第21話

「あれさナットなんだ。ナットってわかるだろ。六角形で中心に穴が開いた、ネジ締める時に使うやつ」 何を言い出すのかと朔也はあっけにとられ、堂本さんを見つめる。 昨夜は今までの会えなかった時間を埋めるように、お互い熱く求めあった。 腰が立たないくらいに体力を消耗した。 朔也は堂本さんの腕枕でベッドの上に横になっていた。 「俺の実家は東大阪で金属加工の工場やってる。まぁ、昔から貧乏だったんだけど、両親は結婚する時に指輪を買う金がなかった。だから親父は考えて、おふくろの結婚指輪をナットを削って作ったんだって、素材は勿論プラチナとか金とかじゃなくてステンレスだけど」 ナットってネジを締める時に使うワッシャーみたいなあれかな、となんとなく想像する。 高価な物じゃないかもしれないけど、手作りのリングなんてとても素敵な話だ。 「朔也に初めて会ったあの日は、親父たちの結婚記念日だった。当時、式をしていないのが心残りだったらしい両親が、年甲斐もなく子供たちを集めて内輪で結婚式を挙げたんだ。まさかのシンデレラ城でだ。そこで、もうサイズが合わなくなってしまった当時の指輪を、もう一度親父がナットで作り直した。指輪交換の時に事件が起こった」 なんだかドラムロールが聞こえる気がしてきた。 話の先を促す。 「指が昔よりでかくなっただろうからって、親父が母親の為に新しく作った指輪。そのサイズが17号だったんだ。|デ《・》|カ《・》|す《・》|ぎ《・》|た《・》。わかるかな?女性のサイズって9号くらいが平均だっけ?勿論それはぶかぶかで、なんていうか夫婦喧嘩が始まって、親父の心のこもった手作りナットが俺の指に納まったわけだ」 面倒なところは端折ったけど、と堂本さんは笑いながら頭を掻いた。 「……あの、とにかくあの日、堂本さんと初めて会った時していたリングは、お父さんの作った結婚指輪だったという事ですか?」 そうだと堂本さんは頷いた。 「バーに飲みに行ったときに、指輪をしたままだったことを忘れていた。指輪をしていようがいまいが、東京に知り合いはいないし、どうでもいい事だと思っていた」 「……」 「そうだ。見る?まだとってあるよその指輪」 なんだか狐につままれたような話だ。 「突拍子もない話で、信憑性に欠けます」 堂本さんは「はははっ」と笑う。 「ポケットとかに入れると無くしそうだったから取りあえず指にはめたままにしておいたのを、君に見られたって事かな」 堂本さんは立ち上がると朔也の横に来て耳に口づけた。 初めて『PROBE』で堂本さんを見た時、薬指にしていた指輪は、彼のお母さんの物だったという事らしい。 だから彼は独身で結婚はしていなかったって事。 今となっては、勘違いして勝手に不倫に悩んでいた自分が恥ずかしい。 堂本さんは17号サイズのナットの指輪を持ってきて、朔也の薬指にはめた。 朔也にもでかいな。と指輪をぐるぐる回した。 「愛してる」 堂本さんは朔也に言った。 「え?」 思わず聞き返す。 「君を、愛してる」 もう一度堂本さんは言って、朔也の髪に優しくキスをした。 涙が朔也の上気した頬を伝う。 「その指輪には俺の親父の心がこもってる。だから俺の心がこもった新しいのを買いに行こう」 朔也は堂本さんの裸の胸に顔をうずめた。        【おまけ】 パラリーガルの河合さんは知っていた。 木村弁護士が青木弁護士を好きだということを。 そして今日、相当やばいサシ飲みが行われるということを。 木村弁護士のスマホのホーム画面が、青木弁護士とのツーショット写真だった。 昼休みに居眠りしている青木弁護士の写真を撮っていた。一枚なら悪戯で撮ったのかと思うが、連写していた。 しかも高速連写だ。 それは確証に変わった。 まあ今は同性同士付き合っても、何もおかしくない時代だから、後輩の男の子を好きだとか、そんなのは構わない。 ただ、申し訳ないけれど私はスパイ。 堂本弁護士に送り込まれた青木さんを守る為の密偵だった。 一応 堂本さんにはラインした。 【本日、木村弁護士、青木弁護士、二人でサシ飲みアリ。難波の榊、19時30分、店の予約済、危険度高め】 と報告したので、私の任務はおしまい。 まぁ、堂本さんがあとは何とかするだろう。 男同士で好きな男の取り合いなんて、世の中どんだけBLラブに満ちているんだろう。 今回の件で、世の中のイケメンは全員ゲイだってことはわかったわ。 鶏肉と大根を煮ながらビールを開けた。 キッチンで料理を作る者の特権、つまみ食い。 「大根、美味しい♡これサイコー」 河合さんは嬉しそうに微笑むと、二口目の大根を口に入れた。         

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