29 / 47

第29話

仕事で離婚問題を扱うケースが増えてきている。 そういった場合、相手の不貞を暴いて慰謝料を支払ってもらうというのが一般的なのだが、その時間とかかる費用を考えると『された側』の精神的負担は計り知れないものになる。 毎回依頼者の話を聞きながら結婚とは一体何なんだろうと考えてしまう朔也だった。 不倫の慰謝料請求に関しては、やはりそれ専門の、主に浮気調査を得意とする探偵や興信所に依頼することが多くなる。朔也はお客さんに紹介できる良い興信所、信頼できるぼったくられない調査会社を探していた。 『浮気調査を得意とする探偵事務所を知っているから紹介しましょうか?』 佐藤弁護士が朔也に、比較的金額が安い『まこと探偵事務所』を紹介してくれた。 できるだけコストを抑えたいという依頼者専用に利用したらいい、との事だった。格安で仕事を引き受けてくれるが、強引な仕事の進め方もするといわれた。 事務所の建物も小汚いビルの薄暗い場所にある。昔の探偵ドラマを彷彿とさせる室内は、初めてくる依頼者を萎縮させること間違いなしといった感じだ。 外部の一見さんの依頼はほとんど受けていないようで、もっぱら仕事は懇意にしている弁護士等からの依頼が多いみたいだった。 調査員とは顔馴染になっておいたほうが仕事も頼みやすいからと、朔也は何度か足を運び、仲の良い関係を構築していった。 朔也はトライヤの羊羹を手土産に事務所へ来ていた。お願いした浮気調査の結果を報告してもらう為だった。 「これが依頼者の旦那さんがホテルに入った時の写真ね、で、出てくるとき。遠くにあるホテルまで来てるところを見ると、相手の女性は、彼が既婚者であることを知っているだろうね。奥さんに見せて女が誰かわかるか聞いてみてくれる?女の方に直で当たるかどうか決めてね」 探偵事務所の誠さんは写真と資料の入った封筒を朔也に手渡した。所長の誠さんは40歳くらいだろうか。この仕事を始めて10年目だと言っていた。 ここには、調査員3名、事務の女の子の麻衣ちゃん、IT担当で盗聴や盗撮を得意とする多久田君がいる。 調査員をしているみんなは恰幅がよく、喧嘩とかも強そうだ。いざとなった時、例えば調査対象に見つかってしまって攻撃されたりした場合、戦っても負けないレベルには鍛えているという。 「助かります。今後どうするかは、依頼者と話し合ってから決める事になると思います。もしかしたらお子さんもいる事だから、離婚までは考えていないかもしれません」 何件か試しに浮気調査を依頼したら、比較的スムーズに決定的証拠を手に入れてくれた。『まこと探偵事務所』はなかなか仕事ができるいい調査会社だ。 世間話をしていると、事務所のドアが開き三つ揃いのスーツを着た紳士が入ってきた。 「いらっしゃい倉田さん」 「あ、お客さんか……」 倉田さんと呼ばれた紳士は、朔也の方を見てそう呟いた。 「あ、私はそろそろ失礼しますので」 朔也は遠慮がちに席を立った。 「ああ、倉田は客じゃないからいいよ。せっかくだし羊羹食べていって」 「お、トライヤじゃないの。俺もご相伴にあずかれるかな?」 紳士はそういうと朔也の向かい側、誠さんの横のソファーに腰かけた。 事務の麻衣ちゃんが倉田さんのお茶と羊羹を用意する。 「ああ、朔也さん。こいつは俺の幼馴染っていうか、腐れ縁で付き合ってる倉田ってやつです。倉田こちらは仕事でお世話になってる青木朔也弁護士」 「え?弁護士さんなの?若くない?」 倉田さんという人は初対面の朔也にやけに馴れ馴れしく話しかけてきた。 「童顔のせいで子供っぽく見られるんですが、今年29歳になります。アラサーです」 彼の職業を誠さんは教えてくれなかったので、取り敢えず良い印象を与えておこうと笑顔で答えた。 「へー。見えないね。下手したら10代に間違われそう」 はは、それは流石にと朔也は軽く流した。10代といわれて、あまりいい気分ではない。そろそろ帰りますと席を立とうとしたところ、倉田さんは朔也を引き止めた。 「ちょっと相談があるんだけど」 「あのすみません。ご依頼なら事務所を通していただかないと……」 最初の一時間は相談料は無料なのだが、この人は何か胡散臭い。依頼ならちゃんと職場で受けたいと思った。 倉田さんは胸から何かを出した。 それは警察手帳だった。

ともだちにシェアしよう!