30 / 47
第30話
繁華街の一角にあるビルの地下駐車場。
そこに入口がある。従業員用のエレベーターの横にある重い扉を開けると、会員制のクラブの勝手口に繋がる。そこを開けて中に入ると、謎のパーティーを仕切っているマネージャーと呼ばれている男性が待っていた。
ロッカールームに案内され、朔也は与えられた制服に着替えるよう言われた。
こ、これは……バニーガールの衣装だ。
首から下の毛を全部剃れと言われた時に、怪しいと思ったんだ。
ただのウェイターではない可能性を考えはしたが、まさかと思った。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
弁護士が潜入捜査みたいな事をするなんて聞いたことがない。確かにバーテンの経験はあるし朔也が適任だったのかもしれないが……
倉田さんの口車にまんまと乗せられて、ここまで来てしまった。自分のアホさ加減に嫌気が差した。
「ここです。ちょっと変わったパーティーなんですが……財界の大物とか、芸能人なんかも極秘に参加しているみたいで。中はスマートフォン等の電子機器はいっさい持ち込み禁止で、名刺交換、連絡先の交換などは紙でやり取りしています」
「ただのウェイターですよね?」
「はい。お酒を運ぶだけの仕事です。中の写真を撮ったら、トイレに行くふりでもして逃げて下さい」
「性的な接待とかは、ないですよね?」
あったとしたら、公然わいせつ罪だろう。パーティー主催者は公然わいせつほう助。善良な性風俗なら罪には問えない。善良ってなんだよと思うがそこはなんだか難しい。
「ここではないです。もし、そういう斡旋をしているのなら、そこは違法ですし危険だと思ったら即退去。青木さんの仕事ではない」
「逃げるったって、逃げられなかったらどうしたらいいんですか。監禁とかされたり……」
「つべこべ言わずにとっとと行け!いけ!いけ!やると言ったら最後まで」
誠さんが朔也を急かす。なんか強引だ。
このイケイケドンドン方式で、今まで浮気現場の証拠を集めていたのか。あの仕事の成果からみて、なるほど納得がいった。
探偵事務所の事務員の麻衣ちゃんが車を地下に停めた。
彼女も事務員ではなくもう調査員だな、こき使われているなと同情する。
ホテルの入り口とパーティー会場のフロアに『いざとなったら要員』として倉田さんのチームが潜んでいるらしい。
今回は秘密作戦だそうなので(そんなもんが警察にあるのか怪しいが)朔也の任務は写真を撮るだけ。
できるだけ沢山撮影するようにと言われている。その後ちゃんとした捜査に入るらしい。なんだよこれは(今日の潜入は)ちゃんとしてないのかよと不満に思った。
朔也は一般人だし、警察が民間人巻き込むはずはないから、倉田さんはちゃんと上の許可を取ってないだろう。でも、ここまで来たら彼を信用するしかない。
こういう仕事を弁護士自らやるなんてありえない。
なんで今回はわざわざ自分が出ていくのか、それは堂本さんの為でもある。
この『ホテルKYリゾート』はこの間堂本さんが言っていた買収先のホテルだ。堂本さんはパーティーが違法かどうかが解ればきっと助かるだろう。朔也は少しでも彼の為になればと協力することにしたのだ。
客層が大物政治家とか有名人だから内密に進めなくてはいけないのか……仕方がないのかとなんとなく納得してしまった。
ーーーーーーーーーーーーー
かろうじて所持を許されているボールペンにカメラを仕込んだものを制服のポケットに忍ばせる。ヤバいと思ったら逃げろと言われていたので逃走経路を確認する。もしもの時の連絡ツールも所持した。ボタン型のGPS。
ロッカーに連れてこられて着替えの衣装を渡された時には卒倒しそうだった。
露出度高めレベルじゃない。
これは確実にアウトだ。レザーのベスト、首にはチョーカーの蝶ネクタイ。なぜかうさ耳カチューシャ。問題は下半身だ。小さな巾着型の布切れのついたTバックのマイクロビキニ。
この巾着の中に自分の下半身のイチモツを収めるらしい。
でもありがたい事に、ベストに小型のマイクを仕込める。ボールペンも大丈夫そうだ。
コスプレウェイターか?
マジでかんべん。乳首見えてるし……お尻は寒い。
とっとと証拠の写真を撮ったら一目散に逃げよう。
朔也は気合を入れてパーティー会場へ足を運んだ。
ウェイターたちはみんな美少年?大丈夫かこれは?彼らは成人しているのか。未成年なら違法です……
頭の中がぐちゃぐちゃになっているところに、朔也よりキョドっている男の子を発見した。
彼はレイくんと言うらしい。名札に源氏名が書いてある。
「あの……大丈夫?」
「ぜんぜん大丈夫じゃないです……」
「君、未成年じゃない?」
「未成年じゃないです……18……」
「あぁ……こういう仕事は慣れてないよね、僕もだけど。時給につられちゃったよね、君はできるだけ接客しなくていいように、目立たず逃げといた方がいい」
高校生なのか?
「そういうわけにはいかなくて、僕は今日担当のお客様につくことになっていて、今更だけど怖すぎです。ホストに憧れて応募したんです。前回はお酒運んだだけで楽だったんだけど、これって男性相手の接客業ですよね個室って事はやっぱりそういう事をするのかな……」
客がオジサマだらけなんだから間違いなくそうだろう。
「ゲイ専門っぽいね。男色家たちのパーティーだね」
彼は本当に18歳だろうか。もしそうでなければ、児童福祉法違反の罪。公然わいせつ罪よりも重い。
「実は僕はまだ17歳なんだ。高校へ通ってるんだけど、こういう仕事って楽して稼げるしみんなやってるよね」
朔也はかまをかけた。もうすぐ30のおっさんが17歳だと無茶もいいとこだ。
だけど、朔也の年齢にはあまり驚いた風もなく、レイ君の顔が一瞬輝いた。
「びっくりした。真面目な人かと思ってちょっと焦りました。僕は16歳なんです。他にも未成年いっぱいいますよここ。学校の友達を誘ってバイトに来てるっぽいです。高校生だと人気者になれるってお店の人にも言われて、チップとかも貰えたりするんで、ちょっと触らせてあげたら1万もらったって同じバニーの子言ってました」
16歳って子供だろ。あぁ、もうこれ真っ黒だ。未成年が接待してる時点でアウトだな。時刻は22時を回ろうとしている。時間的にも未成年を働かせたらアウト。
ウェイターだと聞いているが、バニーの子も何人か客の席に着いている。
いくつかの個室、VIPルームみたいなところがある。中に入って何をしているのか。不特定多数で集まっているだけで、気の合った相手と別室でやる場合は犯罪とはならない。でも相手が未成年なら話は違う。
これを警察が挙げるには確実に現場を押さえるしかないな難しいだろう。
朔也はそう感じた。無理やりだとか、金銭の授受による性接待だとかそういう場合は罪になるけど立証できなければならないだろうし、倉田さんは風営法の許可は取ってるっていってたからな。
「ちゃんと仕事しろよ。きょろきょろまわりばかり見渡してるんじゃねーよ」
ベテランらしいバニーボーイに注意された。
「はい……個室とかは回らなくていいんでしょうか?」
「お前馬鹿か。邪魔したら駄目に決まってんだろ。個室はプライベートゾーンだ」
朔也が怒られている横で、レイくんは縮こまっている。
「僕は今日個室に呼ばれてて、とても偉い人の接客をしなくちゃいけないんです……プライベートゾーンって……怖い……けどひとりじゃないからって聞いていたし……」
朔也はレイ君に「個室に行ったら確実にやられると思って間違いない。嫌なら絶対に行かない事」と助言した。
「君の他にもバニーの子はたくさんいるんだからね。代わりならどうにでもなるんだし」
そう言い聞かせて、トレーに飲み物を載せて会場をまわる仕事に戻った。
その時、朔也は後ろから尻を撫でられた。
「ひゃぁ!」
驚いてトレーを落としそうになる。そこは長年のバーテンバイトのなせる業、絶妙なバランス感覚でトレーを持ち直した。
お、お前やるなぁ、という表情でベテランバニーボーイが朔也を見ている。
「君可愛いね。席についてよ」
尻を撫でた客を睨みつけようと顔をあげると、その客はまさかの倉田さんだった。
行けよ、客につけとベテランに小声で言われる。
「かしこまりました」
朔也は倉田さんにそう返事をし、トレーを置きにバックヤードへ向かった。
*デコイ=おとり
ともだちにシェアしよう!