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第31話
ノンアルコールのドリンクを持って、朔也は倉田さんの席についた。
倉田さんは、多分警察官だろう恰幅のいい男性を伴いボックス席に座っていた。
二人ともぱっと見は警察官になんて見えない。高級そうなスーツはオーダーされたように体にぴったりとフィットしているし、倉田さんはイケメンだからファッション雑誌に出てくるのモデルのように見えた。
「お兄さんウサギなかなか似合うじゃないか。見た感じ、それだけで公然わいせつ逮捕だな」
半笑いで倉田さんは朔也に話しかけた。
「何を言ってるんですか。こんな制服があるなんて聞いてませんでした」
朔也は改めて自分の下半身を隠すように前のめりになった。
「どうもあの個室。 VIP ルームが怪しい。あそこに入るにはどうすればいいかだな」
「多分中では……やってますね。あそこから出てくる客はなんかスッキリした顔してます」
もう一人の捜査員が倉田に話しかけた。顔に笑顔を貼り付けてはいるが声はいたって真面目だ。
「あそこはプライベートルームらしいです。ドリンクを運ぶなどの仕事はしなくていいと言われました」
昨夜が水割りを作りながら倉田に伝える。
「なるほど、それより写真は撮れてる?」
「忙しくて写真は全く取れていません。けれど未成年が何人もこの店で働いているらしいです 。同じバニーの子から聞きました。VIP ルームの中には、未成年も入っている可能性が高いです」
倉田さんは眉を上げると時間を確認した。22時は過ぎている。未成年を働かせてはいけない時間帯だ。
「ありがとう。写真は俺らがなんとかするから君はもう帰ってくれて構わない。トイレに行くふりでもしてここから出てくれ」
「けれど少し気になる子がいるので、僕はもう少しここにいようと思います」
「気になる子とは誰?どんな子?」
「今日 VIP ルームに行くように言われている、16歳の少年です。本人は行きたくないと思っているようで、無理やり連れて行かれるのであれば助けてあげたい」
倉田さんは雑談でもしているかのように、にこやかに朔也の話を聞いている。
時々相槌を打ち、朔也と距離を縮めた。
「どうも彼は断りきれないような気がする。VIP ルームに行ってしまうんじゃないかと」
倉田さんは朔也の腰を引き寄せ耳元に口を近づけると。その子の方を見ないで、どの子か教えてと囁いた。
「柱の横に立っている。今グラスを片付けてる男の子です。レイと言う源氏名です」
レイを確認すると、倉田さんはソファーに腰を深くかけなおした。
「今はまだ手は出せない。あきらめろ」
朔也は驚いた。それでも警察か、未成年の子供を助けずにあきらめろなって。
「酷いです。あなたがそういう考えなら僕はまだ帰りません。彼の代わりにVIPへ行きます」
朔也は腹が立ち、倉田さんを睨みつけた。勢い良く立ち上がるとくるりと背を向けて席を離れた。
颯爽と立ち去るが、バニーの衣装じゃかっこがつかない。なにせお尻が丸出しで、うさ耳が動くたびに可愛らしくぴょこっと揺れてしまう。
すれ違う客が朔也のお尻をぺしっと叩いた。
イラっとしたのでその客を、ガルゥゥゥゥゥゥッ!と睨み返した。
腹立ち紛れに、倉田さんの伝票に0を増やしてやろうかとボールペンを持つ。
勢いついでに、ボールペンカメラでバニーの顔をカシャカシャ撮っていった。
俺の仕事はこれだった。やる事はちゃんとやるけど、もう二度とこんな手伝いはしない。
いつの間にかフロアーは客が増えてきていた。100人以上はいるだろう。
どさくさに紛れて今なら帰れるかもしれない。
朔也はレイを捜した。
「おい……」
背中の方からやけにドスのきいたバリトンの声が聞こえた。
あっという間に朔也は腕を取られた。
ヤバいバレたか!朔也は振り返る。顔面蒼白で肩がガクガク震える。
「……ど、ど、堂本さん!」
「こい!」
堂本さんは朔也を無理やり引っ張っていく。
「おい、待て!」
もう一人男が参入してきた。く、倉田さん!
もう何が何だかわからない。倉田さんと堂本さんがにらみ合った。
そこへバニーのチーフらしき人がやってくる。
「お客様すみませんここで、ボーイの取り合いなどは御遠慮ください」
「おっと、失礼しました。私は彼とアフターの約束をしていましてね、だから申し訳ありませんがここは早いものが優先って事で」
倉田さんは朔也の腕を取って自分の方へ引き寄せた。
「こちらのパーティーはそういうアテンドもしていただけるのでしょうか?」
堂本さんは倉田さんににらんだまま、朔也を捕まえようとする。
堂本さんはチーフにアフターの説明を求める。
「仕事が終わった後、お客様とボーイでアフターに行かれることは自由です。私共がアテンドすることはございません」
チーフはめんどくさそうに朔也達3人を出口の方まで案内する。追い出すつもりだ。それは困るだろう。倉田さんはここに入るのにかなり苦労したと思う。
「社長。席へ戻りましょう」
後ろから倉田さんの部下が呼びに来た。
事を荒立ててはいけない。
朔也は考えた。頭を使え、僕はバカじゃない。
この周りだけ空気が張り詰めている。
緊張感が漂い、しばらく沈黙が続く。
「……じゅ・ン・ば・ン♡」
朔也は人差し指をぴょこんと立てて、とびきりの笑顔を作ると、二人に向かって可愛らしくそう言った。
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