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第33話
倉田さんはめちゃくちゃ怒っている。
「未成年だからって自分で選べないわけじゃない、アルバイトに行かない選択肢もあるわけだ。わかる?」
朔也は倉田さんの車に乗せられて、まこと探偵事務所へ向かっていた。
「取り敢えず、レイ君ってボーイの子はVIPルームには入らなかったって報告を受けたから大丈夫だ。警察だってバレたら、長い時間かけた捜査が台無しになる。こっちも慎重に動かなくちゃならない」
朔也はロッカー室へは立ち寄らせてもらえず、バニーの姿のままだ。
そのまま逃げられるように、着ていった洋服も財布も借り物で、調べられても個人情報が載っている物はすべてでたらめ。
潜入先のバニー会社に、捨てられても文句はいわない。
けど、せめてズボンははかせて欲しかった。
朔也はむすっとしながら黙って後部座席に座っていた。
「君ね、どういうつもりか分からないけど、客にいいように触りまくられて、キスまでされて。何を考えてるの?見ているこっちが気が気じゃない。ちょうど暗闇タイムに入ったから連れ出せたけど、あのままだったらあいつと一緒に逮捕してたからな。ったくふざけんな」
「お言葉を返すようですが、僕はあそこでゲイパーティーやってるなんて聞いてませんし、衣装だってバニーガールのお尻丸出しの……ってか、なんか着るものないんですか?このままじゃ外に出られません!」
朔也は車の中を物色し、何か羽織るものが置いてないか探した。倉田さんは「うっせーな」と言いながら自分が着ていたスーツの上を朔也に投げてよこした。
朔也はそれを羽織る。サイズが大きめだったので、かろうじてお尻は隠れそうだ。
暗闇タイムというのは、照明が落ちる10分間だけバニーボーイの体を触りまくれるサービスらしい。主催者側は夜景タイムとか言って、夜景を見るために消灯しますスタンスだ。もちろんそれは建て前。実際はその時間だけはお好きにどうぞというのがあのパーティーの売りだそうだ。
「もう絶対にあんな仕事しませんから」
「あったり前だ、させるかよ。俺が捕まるわ」
倉田さんは吐き捨てるよう言い放った。
スマホは探偵社の車の中だから堂本さんに電話できない。
一刻も早く連絡しなくちゃいけない。確実に殺される。
「あの……とりあえず今日は帰っていいですか?証拠の写真は撮りました。ボールペンを確認してもらったら分かります」
倉田さんはバックミラーで朔也の方をみる。
「わるい……ちょっと、確認したい事があるから、まだ付き合ってもらう」
ですよね。朔也はため息をついた。
ーーーーーーーーーーーーーー
探偵事務所に到着し、車から降りると皆が待ち構えていた。
「大丈夫でした?」
事務の井上さんが聞いてくる。大丈夫なわけはなかったので苦笑いする。朔也の服装を見て誠さんが目を丸くした。
「何、脱がされたの?襲われた?まさかの貞操を奪われたとかないよね?」
「そういうのはないので、大丈夫です。すみません僕の荷物と着替えを」
「ああ、はいはいあっちの部屋使って。シャワーもあるから良ければどうぞ」
朔也は奥のみんなが泊りの時に使っているというロッカー室に案内された。
着てきた洋服やカバンはそこに置いてあった。
ひとりになると鞄からスマホを出してとにかく堂本さんに連絡を入れる。
着信履歴は堂本さんからの履歴で恐ろしい事になっていた。
ツーツーツー
「朔也……無事か?どこにいる?」
堂本さんは呼び出し音が鳴る前に電話に出た。
「はい。本当にすみません。今は事務所にいますので大丈夫です」
「職場?迎えに行く」
「えと、職場ではなくて。その……」
嘘をつく場合は本当のことを伝えるに限る。そこに嘘をちょっとだけ忍び込ませるとバレない。木村さんからの受け売りだが、こういう場合に役立ちそうだ。
「懇意にしている探偵事務所のオフィスです。今日はその調査の仕事を手伝う事になっていて、それであのパーティーにいました。詳しい事は帰ってから話をします」
「迎えに行くから。なんて探偵事務所?」
「まだ仕事が残っているので終わったら連絡します。堂本さん心配しないでください。僕は大丈夫なんで」
電話の向こうで、息を整えているのがわかる。かなり怒っているだろう。
「あの、暗闇タイムの時に逃げ出すタイミングだったので、そのまま外へ出ました。仕事だったので、あの時は仲間の人もたくさん周りにいる状況でした。何もされてませんし、無事に帰ってこれました。心配かけてすみませんでした」
「朔也。今は何も聞かないけど、必ずちゃんと説明してくれるかな」
「わかりました。必ず説明します。今日はタクシーで堂本さんのマンションへ帰ります。遅くなるので先に休んでいてください」
朔也はそう言うと電話を切った。
彼はきっと寝ないで待っているだろう。バニーの制服を脱ぐと急いでシャワーを浴びた。
今日はもう帰ろう。倉田さんには明日また詳しい話はすればいい。
堂本さんを心配させちゃいけない。これはあくまで手伝いであって、本来の自分の仕事ではないのだから。
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