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第35話
引っ越しにあたって朔也には気になることがあった。
マットレスの下の赤い石が入ったピアスだ。
毎日の掃除で、それに気がつくわけもないので、もちろん今でもそこにあのピアスはある。
一緒に住むのだから、心に引っ掛かりを残したままなのもどうかと思い、朔也は思い切って堂本さんに訊いてみることにした。
「あ、ああ……それは多分志津香のだな。この間病気の時に家に来てくれたからその時に落としたんだろう」
「……そう、なんですね」
この間なくしたピアスなんかではない。その前からずっとベッドの下にあったんだから。
「別に、僕と会っていなかった3年の間に、付き合っていた女の人がいたっておかしくないし、そんな事で嫉妬したりはしません」
堂本さんは驚いた顔をした。
「……あ、えーと。志津香が言ったの?」
言ったとは?志津香が言った。何を……
朔也は話の続きを聞きたいがゆえに、頷いた。
「え、と、だな。朔也と会えなくなって、どこを捜しても見つからない状態だった時に、何人か体の関係を持った人はいた。その中に、志津香も入っている。彼女とは昔からの知り合い同僚だし、正直、お互い一線を超えるつもりはなっかった。恋愛感情とかもってなかったしな。ただ、一度だけ酔った勢いで寝たことがある」
衝撃的な事実に朔也はショックを受けた。
分かっている。何年もの間、付き合ってなかったわけだし、その時誰かと体の関係があったっておかしくないし、自分が責める筋合いはない。でも、佐藤弁護士?相手は佐藤さんだったのか……
何も知らずに、彼女と普通に接していた自分にも腹が立つし、何より今も同じ職場で仕事をしている堂本さんが許せなかった。
彼女に恋愛の相談なんかをしていた自分が格好悪くて情けない。
やばい。泣きそうだ。朔也は目に力を入れた。
「それじゃぁ、お昼から仕事なんで行ってきます」
何とか普通に気にしていないふりを貫かなければ。日曜日なのに、謎の仕事発言をして、朔也はマンションを出た。
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職場に行くつもりもないし、カフェで時間を潰せる気もしない。こういう時に行く場所がないのはつらい。やっぱりアパートを解約するんじゃなかった。
町の中をただあてもなくふらふらと歩いた。
「アッキー!アッキー久しぶり」
明るい声に呼び止められた。アッキーって誰だよ。振り返ると、そこにはレイ君がいた。バニーのアルバイトで一緒だった子だ。
「レイ君久しぶりだね。元気だった?」
そういえば自分は高校生だと彼に言っていたんだ源氏名は『アッキー』と、急に思い出した。
今日はスーツじゃなく、普段着でよかった。
「どうしたの?今にも泣きそうな顔してるよ?あれからアルバイトでも会わなかったし気になってたんだ」
レイ君は優しかった。
朔也はまさか12歳も年下の高校生に気にしてもらえるなんて思ってなかったが、ひとりで落ち込んでいる時に誰かに声をかけられたことで意外と気持ちが楽になった。
お茶でもしようと、カラオケボックスへ入った。
そうか、高校生は話をするのにカラオケを選ぶんだ、となんとなくレイ君についていく事になった。
ドリンクは自分で取りに行く。フリードリンクだからお代わり自由だし、他の人に話を盗み聞きされない場所だと思うと下手なカフェに行くよりよほど使えるなと思った。
レイ君は僕にコーラとソーダやオレンジジュースなどを何故かミックスして、謎の炭酸ドリンク作って持ってきてくれた。
「彼氏となにかあったの?」
優しく問われて、朔也は思わず、自分と会っていない時に他の女の人と体の関係を持っていたんだと悩みを打ち明けていた。
何が許せないかと言えば、彼女は僕の知り合いでもあって、今も彼の同僚として一緒に働いている事だと言った。
「それはつらいね。気持ちはわかるよ。けど、昔の事だし、自分の知らない間の事だったのなら許すしかないよね。そこは大人にならなきゃ」
子どもに大人になれと言われた。情けな過ぎる。
朔也は気を取り直して、最近どうしていたのかレイ君に訊いた。
「まだあのバニーバイト行ってるよ。アッキーが急にいなくなったから寂しくて。最近はVIPにも入ってるんだ。日によっては4万円とかもらえたりする。チップがすごいしね」
「え、でも……大丈夫なの?その、体の関係を迫られたりするんだよね?」
レイ君は、はははっと笑って、そこまではないよ。といった。
「そのうちパパ活やっちゃうかもだけど、下手な貧乏リーマンを相手にするくらいなら、あそこで出会ったお金持ちのオジサンたちの相手する方が身入りがいいから」
すごく軽いノリで話してくれた。
いやまて、重要な証言が取れるチャンスだ。僕一人じゃまずいよね。
ICレコーダーとかあればよかったけど持ってないし。スマホで録音するか?でもレイ君を裏切るみたいで嫌だな。騙して聞き出すのもどうかと思うし。
「僕、ヒトカラとかもよく行くし、ちょっと歌いたいんだけどいい?アッキーはゲームとかいろいろあるから遊んできてくれていいよ」
そう言ってレイ君は、曲を選び始めた。
「じゃぁ、ドリンク入れに行くついでに、ちょっとうろちょろしてみるね」
今どきの若者は、友達と遊びに来ていても単独行動なのか、と軽くジェネレーションギャップを感じた。けれどタイミングよくおひとり様タイムだ。
朔也は部屋から出ると、倉田さんに電話をした。
『おう。久しぶりじゃないか』
『今、偶然町でバニーボーイの男の子と会いました。一緒にカラオケに来ているんですが、彼は僕が高校生のアルバイト仲間だと思っていて』
『……ああ』
『VIPルームに最近入っているらしくて、中で何が行われているか詳しく知っているような感じなんです。僕は訊きだしたりするのがあまり得意ではないですし世間話程度に話をしているんですが』
『その子、今もいる?』
『います』
『そこに俺行ってもいいか?行けそう?身分は明かさない感じで合流したい』
『僕の彼氏のふりしてきてもらえますか。なら、大丈夫かもしれません』
朔也は今までレイ君に相談していた内容を倉田さんに教えた。
分かった20分で行く。
そう言って彼は電話を切った。
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