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第40話
朔也は倉田さんと一緒にロッカールームに閉じ込められていた。閉じ込められたというのは語弊がある。
単にロッカールームがオートロックだったというだけの話。
探偵事務所というのは、浮気調査の証拠写真や、人によっては絶対に知られたくない重要な秘密の証拠を保持している事がある。
だからこんなにぼろい事務所なのに、セキュリティーだけはやけに厳しい。
「なんでここだけ電子ロックなんですか、意味が分からない。他はアナログの鍵でしょ?閉じ込められたじゃないですか!鍵壊してください。開かないと帰れない」
「だから、スマホ、あっちの部屋に置いてここに入ったお前が悪いだろう」
「倉田さんもあっちに荷物置いてたじゃないですか!人のこと言えないし」
内側から開けるためには4桁の数字を入力しなければならない。
電子ロックのキーがロッカールームには付いてあった。
この部屋は、朔也も以前着替えに入ったことがある。その時は誰かが外から開けてくれた。
更衣室兼仮眠室。シャワーもあるので一晩くらい閉じ込められても問題はないが、明日は祝日で探偵事務所は休みだ。
下手したら次に誰かが出勤してくるまで出られないかもしれない。
「待つしかないだろ。それとも大声で騒ぎ立てて警察呼ばれちゃう?俺、恥ずかしいからそれだけは嫌だ」
「背に腹は代えられません。恥を忍んで、叫びましょう。近所の人に110番してもらいましょう」
「いや、ちょっと待て。佐藤さんだっけ?あの人が来るんだろ?彼女が事務所で待てっていったんだし」
飲み会の帰りに話があるからと朔也は佐藤弁護士に引き止められた。
皆がいる場所では落ち着いて話せないから、探偵事務所で待っていてほしいと鍵を渡された。
ロッカールームに入ってしまったのは偶然だし。
閉じ込められたのは自分たちがどんくさかったからだ。
佐藤弁護士は関係ない。
彼女が企んでいたということはないだろうから来てくれるだろうけど。
何故か倉田さんも事務所までついてきた。
佐藤弁護士から朔也が呼び出されたのを聞いていたからだった。
俺も途中までいっしょに行く、そう言ったのは倉田さんの方だった。
「なんか、お前トラブってる?」
「どうなんでしょう。トラブルになるかは話を聞いてみない事にはどうにも」
何かありそうだなという刑事の感が働いたのだろう。俺も隠れているから、話の内容を聞いてもいいか?倉田さんが朔也にそう言ってくれた。
佐藤さんの作戦に、まんまと乗せられそうで、ちょっと恐怖を感じていた朔也は、倉田さんの申し出がありがたかった。
お願いしますと朔也は言った。
「わるい。彼女が来るまで少し寝るわ、鍵が開いたら起こしてくれ」
昨日は徹夜で仕事だったらしい倉田さんは奥にある簡易ベッドで横になると目を閉じた。
しばらく待っていると、佐藤弁護士はちゃんと来てくれた。
朔也は少しほっとした。
事務所に入ってきて朔也の姿が見えなかったので、彼女がロッカー室を開けてくれたのだった。
「閉じ込められました」
朔也が恥ずかしそうに言うと、佐藤弁護士が呆れた顔で深いため息をついた。
「本当、ドジね。信じられない」
彼女の毒舌は軽く流して、お礼を言う。
朔也はひとりで、ロッカールームから出た。
「ありがとうございました。助かりました……で、話ですよね?」
「そう。二人で話したかったの。翔平もいない事だし、ゆっくり話せるかと思って。それで誠さんに事務所の鍵を借りた」
佐藤弁護士はそう言って椅子に座った。
彼女は気がついていないが二人ではない。ロッカールームに倉田さんがいる。
探偵事務所を佐藤弁護士は好きに使っているらしかった。けれど知り合いとはいえ、密室に男女が二人でいる事に不安を感じる。
お互い弁護士だ、後で何かあったと虚偽の事件をでっちあげられたらたまらない。
万が一があったら、倉田さんが助けてくれるだろう。
やはり、人には聞かれたくない話がしたかったんだ。
朔也は佐藤弁護士から、『話しがしたい』といつか言われるかもしれないと覚悟していた。
話の内容は多分この間見られた媚薬の件だろう。
少しの間沈黙が続いた。
「なぜ誠さんは鍵を渡すくらい、佐藤さんと仲よくしているんですか?」
友達だとしても鍵を渡せるレベルなのは、確固たる信頼関係が存在しているからだ。
二人のそんな深い関係が朔也にしてみれば謎だった。
「ああ、ここの事務所、問題多いでしょ?けっこう闇の仕事もこなしてるし。それで訴えられたり、相手から脅迫されたりトラブルが絶えないのよ。私はそれをもみ消してる。言い方悪いわね、もみ消しじゃなくて、解決してあげてるのよ」
「なるほど、だから誠さんは佐藤弁護士に頭が上がらない感じなんですね」
「失礼な言い方ね。もちつもたれつの関係。どっちが上とか下とかはないのよ。この部屋のレンタル代で、さっきの食事の会計は私が持ったけどね」
飲み代で売られたのか。
なんだか少し悔しい。自分は思いの外安いんだなと思った。
けれど、佐藤弁護士に殺されるわけでもないだろうし、彼女が僕に文句があるならとことん話し合わなければならない。
それはずっと以前から朔也も思っていたので、いい機会かもしれない。
倉田さんはまだ眠っているのか、それともちゃんと隣の部屋から黙って話を聴いているのか。
多分後者だろう。
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