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第43話
堂本さんのマンションで、3人が顔を突き合わせている。
この話し合いで朔也は言葉を発してはならないと思った。
先程佐藤弁護士との話し合いでわかったことは、朔也がどう言おうが彼女は納得しないという事だ。
堂本さんに話をしてもらうしかない。
朔也はお茶を入れると二人の前に置いた。
「志津香、君は何を勘違いしているか知らないけど、さっきも言ったように朔也を口説き落としたのは俺の方だ。媚薬は関係ない。3年ぶりに再会した後も何ヵ月も俺が朔也を追い回してやっと付き合ってもらえるようになった。しかも恋人として認めてもらえるまで相当な時間がかかった。4年だぞ」
「……媚薬を無理やり飲まされたのよね」
「朔也は知らずに媚薬入りのカクテルを出したし、俺も知らずに媚薬入りのカクテルを飲んだ。ただそれだけだ」
佐藤弁護士が納得するような答えをこっちが用意しない限りは、間違いを認めて反省することは彼女には出来ないだろう。
佐藤弁護士は自分が堂本さんの事を好きだと認めもしないし。全て『堂本さんは洗脳されている』と言って片付けてしまう。
「媚薬の、精力剤のせいで、男性と性行為をする羽目になったんでしょう?」
まるで同情をしているかのように堂本さんに語りかける。
「そうだな。本当に良かったよ」
堂本さんは、嬉しそうにそう答えた。
「……はい?」
佐藤弁護士の驚いて困惑したような視線が堂本さんにむけられる。
「もし、媚薬を飲まなかったなら、女性とのセックスしか知らずに生きていたと思う。けど媚薬のおかげで男性とのセックスを経験することができた。本当に未知なる扉を開けたというか、知る事ができてよかった。朔也にも出会えたしいいこと尽くめだ」
違った意見をもつ者が、それぞれ自分の説の正しさを主張して論じあっても、論争は終わらない。ならば根底から覆すしかない。
そもそも堂本さんは朔也とのセックスが気持ちが良いと言った。相手を好きだとか愛してるなどの感情論ではなく、あくまで性的な行為の興奮度を言っているのだ。
「男とする行為は女性とするそれより遥に気持ちがいい」
全身に悪寒が走ったように、彼女の顔はみるみる青ざめていった。
男性同士のセックス。官能的、動物的、肉体的、なそれは彼女には知り得ないもの。
これから未来にわたる、果てしなく長い年月を経たとしても、男性でなはい女性には味わえない感覚。
でも…………そこ?
朔也は喉の奥が引きつった。
「万が一何かあったとして、朔也と駄目になっても、次の選択肢は男だ」
それを聞いた彼女は、まるで汚物でも見るように眉間にしわを寄せ眉をひそめる。
弁護士という職業柄か清廉潔白な印象で硬派なイケメン。それが堂本さんに対する一般的な評価だろう。朔也もそう思っているし間違いではないと思う。
彼女も何年も一緒に働いてきたので彼の性格も何もかも知っているだろう。
その理想のような男性が男色家だったのだ。
「き、き、気持ち……悪い……」
佐藤弁護士は不快さのにじむ声でそう言うと、ぶるっと震えた。
男同士のそういう事を蔑み認めない彼女にとって、セックスが気持ちよかったと言い切る堂本さんは不浄そのもの。100年の恋も覚めるだろう。
「同性だからこそ、気持ち良い快感ポイントを把握しているからな。男の場合には、射精という分かりやすいオーガズムになるだろ、女の違って単純に分かりやすいから楽だしな」
佐藤弁護士はもう沢山だというように首を横に振り、軽蔑したような眼差しは冷酷を極めた。
彼女は何も言わずに立ち上がると、荷物を持って静かに玄関の方へと歩き出した。
「承知しました」
最後に聞いた短い一言に、勤めて感情を消そうとしている彼女の強い虚栄心を感じた。
マンションから彼女が出ていき、静寂が訪れた。
もう東の空が白みかけている。
朝が来る。
堂本さんの伸びてきたて手が僕の頬を包む。それに自分の手を重ね、朔也は頬を擦り付けた。
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