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3.秘蔵ショット(1)
◇
余命宣告を受けた颯斗が望んだのは「出来るだけいつも通り過ごすこと」だ。
当初目に見えて憔悴していた母は、それに応えようと、努めて明るく振る舞ってくれていた。
ただ食べたいものと欲しいものを聞く回数は明らかに告知前より増えている。
今颯斗が一番母親を元気づけられるのは、多少のわがままをいうことだろう。
美容院で髪を染めたい、新しいスマホが欲しい。それを言うと、母親は嬉々として受け入れてくれた。
五月、ゴールデンウィークが明け、梅雨を前にした晴れ間の続く心地の良い季節だ。
昼休みの中庭で密かに身を屈めた颯斗は、スマホの画面に指を滑らせていた。
――すっごい……こんなにズームしてもめちゃくちゃ綺麗に映ってる!
最新式のスマホカメラの性能に、颯斗は鼻息を荒くした。
颯斗が通う高校の中庭には、休憩スペースとしてベンチとテーブルが何組か設置されている。そこで昼食を取るのはだいたい強豪の運動部か、三年生のカースト上位の生徒達だ。
そのうちの一つのテーブルを占拠しているグループに、颯斗はカメラを向けていた。
――あっ、こ、こんな、綺麗に大崎先輩が撮れるなんて!
気づかないうちに、颯斗の口元はドゥフドゥフと気持ちの悪い笑みを作っていた。
画面越しに観る善は、仲のいいクラスの友人グループと談笑しながら購買のパンを齧っている。
颯斗はカメラの停止ボタンを押した。静止画ではなく動画を撮っていたのだ。
いい画が撮れた。
善が初夏の木漏れ日の中、白い歯を見せて屈託なく笑っている。ワイシャツの袖が捲られていて、そこからみえる前腕筋もバッチリ画角に収まっていた。
最近暑いからネクタイを緩めているシーンが多く、ボタンの外された首筋のラインが堪らなくて、颯斗の鼻息は荒くなる。
木の影にしゃがみ込んだまま、背中を丸めてスマホに顔を寄せ、二本の指を画面の上でそっと押し広げる。爽やかな善の笑顔が目の前に広がり、颯斗はニヤつく口元を押さえた。
「アノちゃん、みーっけ!」
突然、目の前からスマホが消えた。取り上げられたのだ。
颯斗が驚き顔を上げるとそこには知った顔があった。
「あっ、わ、返してくださいっ!」
「ダーメ! 盗撮チェーック!」
スマホを取り返そうと延ばした颯斗の手をヒラリと交わしたのは、善と同じ三年生の金沢 かなさわだ。
彼は善が仲良くしているグループの一人で、この頃よく颯斗に構ってくる。少し長めの髪を明るく染めて、耳にはピアスをつけているため、一見軽薄な印象を受けるが、人好きのする笑顔が金沢の社交的な人柄を表していた。
金沢だけでなく、善のグループの善以外の人間は、皆颯斗の存在を面白がっているようで、「アノちゃん」「ストーカーくん」などと揶揄しながらも、何かと声をかけてくるのだ。
「うわ、めっちゃ綺麗に撮れてる! これ最新のスマホじゃん、アノちゃんち金持ち?」
「あ、いえ、そういうわけではなっ……」
「ねえ! みんな! これ観てー!」
「ひぃっ!!」
颯斗のスマホを掲げながら、金沢は善らのいるテーブルに声をかけ歩み寄っていく。
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