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6.名前、呼ばれた

枕に頭を置いたまま、うっすらと覚醒していた意識の中で、颯斗は向こうで話す保健医の声を聞いた。 「倒れたのは軽い貧血が原因みたいですけど、腕を痛めたみたいなので、念の為病院で見てもらって下さい」 「はい、わかりました。お手数かけてすみません」  話しているのは、颯斗の母親だ。  颯斗が倒れたと聞いて、血相変えて迎えにきたようだった。  うっすらと目を開けると、カーテンの隙間から保健医と母親の姿が見えた。 「あと、これ」  少し気まずそうに、保健医は颯斗の持っていた物を母親に手渡している。  小さなお弁当箱、善にもらったペットボトルの水、そしてタイミングを逃して飲んでいなかった薬だ。 「ありがとう……ございます」  母親は表情に少し暗い影を落として、それを受け取った。 「お母さん、もし颯斗くんの学校生活で不安があれば相談してください。微力ですが、私も精一杯サポートしますので」 「……はい、ありがとうございます」  小さく震えた母親の声を聞き、颯斗は目を閉じて毛布を額の上まで持ち上げた。  そこで扉の開く音がする。 「あら、大崎くん」  保健医が呼んだ名前に、颯斗の意識は一気に覚醒した。  布団を鼻の上まで引き下げて、再びカーテンの隙間から部屋の様子を伺ってみる。  保健医と母親の位置と重なっているが、その向こうに確かに善らしき制服姿が見えた。 「これ荷物。預かってきました」  そう言って善が母親に渡したのは、颯斗の学生鞄だった。 「あら、大崎くん学年違うのにわざわざ取りに行ってくれたの?」  保健医がそういうと、颯斗の母親も少し意外そうな声を上げた。 「あら? そうなの? 三年生?」 「っす」 「颯斗、先輩に仲良くしてもらってたのね」 「まあ、はい」  自分の母親と善が話している。  颯斗は妙にむず痒くなった胸元に、毛布の中でそっと手を当てた。 「あいつ……颯斗くん、大丈夫ですか?」  善が不意に名前を呼んだので、颯斗の心臓は跳ね上がった。  顔に一気に熱が上り、恥ずかしさと嬉しさから、颯斗は目を閉じ毛布の中に顔を埋めた。 「貧血ですって、手もちょっと怪我したみたいだから、これから病院いってみる」 「……そっすか」  善はまだ何か言いたげな様子を見せたが、少し間を開けた後、結局なにも質問は続けずに「次の授業始まるので戻ります」と頭を下げた。 「大崎くん」  保健室を出て行こうとしていた善を母親が呼び止める。善はドアを開いたところで振り返った。 「これからも、颯斗と仲良くしてあげてね」  母親が言った。 「はい、わかりました」  善はそう言って、保健室から出て行った。  程なくして母親がこちらに歩み寄り、カーテンを開く音がする。 「颯斗、迎えにきたよ、起きれる?」  そう問われて頷くと、颯斗は毛布を退けて上半身を起き上がらせた。  自分でも驚くほどに顔が熱くなっている。母親が額に手を当てたので、側から見ても颯斗の顔は赤かったのだろう。 「お母さん」 「大丈夫? 熱はないみたいだけど」 「せんぱいに、名前、呼ばれた」 「先輩? 大崎くん?」  母親の問いに、颯斗は黙ったままこくりと大きく頷いた。 「あ、やっぱりあの子、颯斗がお部屋に写真飾ってた子だよね⁈」  急に嬉々として声を大きくした母親の口元に、颯斗は慌てて手を当てた。  しかし、保険医には聞かれていたようで「あらあら」と微笑まし気な笑顔を向けられた。 「えっ、も、もしかしてお付き合いしてるの⁈ そうなのっ⁈」  目を見開いて期待を寄せる母親に、颯斗は大きく首を振った。 「違う! そう言うんじゃないっ! 俺が勝手にかっこいいと思ってるだけ! だからもうやめて! 恥ずかしい!」  颯斗は毛布を引っ張り頭からかぶるとベッドの上に突っ伏した。

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