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7.ずっとひいてます(1)
◇
平日の夕方、倒れた翌日から結局数日間学校を休んでいた颯斗は、あまりの出来事に自室のベッドの上で正座したまま硬直していた。
「ゆっくりしていってね! 麦茶でいい? オレンジジュースもあるけど」
「麦茶がいいです。ありがとうございます」
扉の向こうで母親とせんぱいが会話をしている。
――せんぱい……大崎せんぱい⁈
つい数分前、インターホンが鳴った。
玄関に向かう母親の足音を聞きながら、多分宅配便だろうと思った颯斗はベッドに寝転がったまま、ぼんやりとスマホの写真フォルダを開き、善の写真の上で指を滑らせていた。
すると、どう言うわけか玄関の方で母親の少し興奮した声が聞こえた。
どうやら相手は宅配業者ではないと気がついた颯斗は、ベッドから半身起き上がり耳を澄ました。
会話の相手の声がかすかに聞こえたその瞬間。颯斗は息を止め、針金を通したみたいに背筋を伸ばして固まったのだ。
「颯斗ー! 大崎くん来てくれたよー!」
声音だけで母親が飛び跳ねるように喜んでいるのがわかる。
友達の少ない息子の見舞いに、息子の憧れの先輩が来てくれたことが嬉しくて仕方ないようだった。
部屋の扉が開き母親のニヤニヤとした顔が覗く。それが引っ込んだかと思ったら、少し気まずそうに善が顔を出した。
「よぉ」
颯斗はポカンと口を開けたまま、ほんの僅かに頷いた。
母親は善を颯斗の部屋の中へ促し、テーブルに麦茶を二つとカントリーマアムを置くと、またニヤニヤとしながら出て行った。
颯斗の自宅は2DKのマンションだ。広くはないが母子二人で暮らすには十分だった。
六畳程の颯斗の部屋には南向きの吐き出し窓の前にシングルベッドが置かれていて、あとは小さいローテーブルと正面にはテレビとゲーム機、脇には勉強机がある。ありふれた高校生男子の部屋だ。
テーブルの前のクッションにあぐらをかいた善の視線が、一瞬ベッド脇のサイドテーブルに置かれた薬袋に向く。颯斗はそれに気がつき、さりげなく枕元に放っていた参考書を上に乗せた。
颯斗は着古したTシャツにジャージを羽織り、下半身はヨレヨレのスウェットを履いている。おまけに今日はずっとベッドで横になっていたから、髪の毛はぺしゃんこだ。
対して、目の前にいるのは制服姿が眩しいいつもの善だ。颯斗は急に恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしながら左手で髪を撫でつけた。
「手、折れてた?」
善が聞く。颯斗が右手にギプスをはめていたからだ。
「あ、あのっ、ひびでした! 大したことなくて、ほっといてもくっついたかもだったらしいんですけど、でも病院いったからこうなって」
言いながら、颯斗はギプスで固定された腕を少し大袈裟に振って見せた。
「そーなん? ギプス不便そうだな」
「あ、でも、指は使えるんです。だから勉強とかはできるし」
「ほぉーん」
気のない様子で返事をすると、善は麦茶のグラスに口をつけた。
颯斗は善より高い位置に自分が座っていることがなんだか変に思えてきて、するするとベッドの縁を擦りながら、自分もテーブルの角を挟んで善の隣にあるクッションに座った。
「あれから休んでるって聞いたから」
「は、はい」
「どした?」
「え」
「風邪?」
「あ、は、はいっ! 風邪です!」
「長ぇな、ずっとひいてね?」
「はい! あのっ、ですね、ずっとひいてます」
颯斗が答えると、善の視線がもう一度ベッドサイドを向いた。
「あ、あのっ、でも、もう良くなってきて、月曜日からは学校行こうかなって」
「そーなん」
「はい」
「なんだ、わざわざ来て損した」
「えっ」
「嘘だよ、食う?」
そう言いながら、善は小包のカントリーマアムの袋を開けた。それを颯斗の前に差し出している。
「あ、い、いえ、大丈夫です」
「あそ」
颯斗が答えると、善は自分の口にカントリーマアムを放り込んだ。
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