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7.ずっとひいてます(2)
善が自分の部屋にいる光景が信じがたく、颯斗はカントリーマアムを咀嚼するその姿を、ただぽかんと口を開けたまま眺めていた。
「なんだよ、見んじゃねえよ」
「あ、は、はいっ、すみません」
颯斗は慌てて正面に向き直る。その視線は抱えた膝の上を所在なさ気に彷徨っていた。
「おまえさ」
「はい」
「何やんの、ゲーム」
顔を上げると、善の視線はテレビの横のゲーム機に向いていた。
「あ、えっと、エペとかあとは死にゲーとか」
「マジかよ」
善が笑った。少し息を漏らしただけの、そんな笑い方だった。
「おまえ鈍そうなのに、けっこうハードなのやるんだな」
「あ、は、はいっ、難しくて集中できるやつが好きで」
「へえ、面白いの?」
「はい、えっ、せんぱいはやったことないですか?」
「ひとんちで触らせてもらったことはあるけど、自分ではないな」
「あ、あのっ、やります?」
颯斗が言うと、善の顔がこちらを向いた。
一緒にゲームをしようと、さりげなくせんぱいを誘ってしまった。そう思ったら、颯斗の顔は自分でもびっくりするほど熱くなっていった。
「うん、教えて」
どこかで断られるのを覚悟していた颯斗は、善の答えに瞬いた。すぐに帰るから、と言われると思ったのだ。
しかし颯斗の予想に反して頷いた善は、自ら床に手をつきテレビボードの下に置かれていたコントローラーを二つ取ると、テーブルの上に並べた。
「あ、えっと、何やりますか?」
「エペかな」
「はい、了解です」
「あ、つか、おまえその手じゃできねえか」
善の視線が、颯斗の右手に降りた。
「あ、もともと一人しかできなんで」
「え、対戦じゃないっけこれ」
「はいっ、あのぉ、オンライで別の場所にいるときに」
「あーね」
「なので、先輩がやってるの見てます、俺」
「ん、おまえが俺がやってるの見て、そんで教えてくれんの?」
「は、はい、ですね、そうしましょ」
「おまえ、面白いのそれ」
「はい、面白いです。ゲームしてるせんぱい、見たいです」
「なんだそれ」
コントローラーを握りながら、また善が笑った。
颯斗の胸は、善がこの部屋に来てからずっとざわついたままだ。
善は本当にあまりゲームをやらないようで、操作方法をちくいち颯斗に聞いてきた。
しかし小一時間ほどで、操作に慣れ始めたようだ。気づけば二人してゲームに夢中になっていた。
「夕飯までご馳走になって、ありがとうございました」
玄関先で鞄を肩にかけた善が、そう言って母親に頭を下げた。
「いいのいいの! たくさん作りすぎちゃったから、食べてくれて助かったわ!」
善が夕食まで食べていってくれたのは、カレーライスに唐揚げという夢の組み合わせをチラつかせ、なんとか彼を引き止めようとした母親の画策のおかげだった。しかも、わざわざ颯斗にはあっさり目の別メニューまで用意してくれていた。
「大崎くん、受験とかで忙しいかもしれないけど、ぜひまた遊びにきてね」
何故か颯斗よりも必死な様子で、母親が善の手を握った。
善は少し戸惑いながらも、一度颯斗の方に目を向けてから「はい」と静かに頷いた。
善が玄関の扉を開く。その背を眺めながら、「帰ってしまうのか」と颯斗は物悲しい気持ちになった。
しかし直後、稲光が瞬き雷鳴が轟いた。
まるでゲームの中みたいな光景に、三人して少しの間ぽかんと立ち尽くし、玄関ドアの向こうに見える重苦しい雨雲のかかった空を見上げた。
大量の雨粒が、まさにバケツをひっくり返したかのように降り注いでいる。
その空を見上げたままの善の後ろで、母親が颯斗に視線を向けた。
その口元はニヤリと笑みを作っている。
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