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8.手伝ってやろっか?(1)
颯斗はまたベッドの上で正座をしながら、背中に針金を通したかのように硬直していた。
今目の前には、首にかけたタオルで髪を拭きながら丈の足りていない颯斗のスウェットを着た善の姿がある。
「あ、あのっ、すみません、なんか、母がけっこう無理やり引き止めちゃって」
少し責任を押し付けながらも、内心颯斗は母親のアシストに感謝していた。
「いや、いーって、むしろ電車もダイヤ乱れてたみたいだから助かったし、どーせ明日休みだから」
そう言いながら善はテーブルの脇のクッションに腰を下ろし、颯斗が出しておいたドライヤーのスイッチを入れた。
酷い雨だから泊まっていけと母親が言うと、最初善は戸惑っていた。
しかし、「これから夜勤だから颯斗についていてくれると安心できる」と母親が言い募ると、善は遠慮がちに頷いたのだ。
「おまえのお母さん看護師なんだな」
髪を乾かし終えると、ドライヤーをテーブルに戻して善が言った。
「あ、は、はいっ、そうです! 俺が小さい時は休んでたんですけど、離婚してから復帰して」
「へー、かっこいいな。飯も美味かった」
「は、はいっ!」
善に自分の母親を褒められて、颯斗は熱くなる頬を押さえながらニヤついた。
「風呂、おまえも入れば?」
「あ、は、はいっ、じゃあ、行ってきます」
颯斗は立ち上がり、クローゼットを開いて着替えに手を伸ばした。
「つか、おまえこれやめろよ」
「え?」
唐突に言われ、颯斗は振り返った。
さっきまで床に座っていた善が、颯斗の机の上に何かを見つけ、それを指差している。
「あっ、ぁあ!」
颯斗は焦りほとんど飛び跳ねるみたいに机の上に突っ伏した。掴んだ写真たてを胸元に抱き、善の視界から消そうとするが、すでに遅いだろう。
「す、すみま、すみませんっ!」
「写真立てにワンショット飾られると、俺死んだみてぇじゃん」
「あ、は、はいっ、あのっ、す、すみません!」
焦りながら颯斗は机の引き出しに写真たてを押し込んだ。もちろん処分する気はないが、せめて善がいる間だけでも、目に触れないところに置いておくことにする。
「あ、あの、じゃあ、俺も風呂行ってきます」
「ああ」
着替えを引っ掴み、颯斗は善の脇をすり抜けた。
「なあ」
部屋のドアノブに手をかけたところで呼び止められ、颯斗は振り返る。
「おまえさ、それ自分で脱げんの?」
「それ」と言うところで、善は颯斗のギプスをはめた右腕を指差した。
三角巾は付けていないので、固定された部分以外は比較的可動域がある。今も折り曲げたまま胸元で衣服を抱えていた。
「はい、あ、あのっ、けっこう動くんでだいじょ……」
「手伝ってやろっか?」
颯斗が言い切る前に、善が言葉を発した。
その意味を理解するのに少し時間を要し、数秒あけたのち、颯斗の顔はみるみると赤くなっていく。
「は、ぁあっ、い、いえっ、平気、な、なので!」
「遠慮すんなよ、脱ぎにくいだろ」
善が颯斗のTシャツの裾に手をかけた。
その表情は、颯斗の反応を楽しむかのようにニヤついている。
いつもは興味なさ気に目を背ける善は、たまに何か抑えきれない衝動をその表情に浮かべる時があることに、颯斗は気がついていた。
「せ、せんぱい、俺が焦ると、なんか楽しそうですよねっ」
「あ? オマエだいたい焦ってんじゃん」
「そ、そ、そうで、すけど」
颯斗は後ずさる。
その背中はすぐにドアに当たった。
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