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8.手伝ってやろっか?(2)
追い詰めるかのように善の体が颯斗の目の前に近づき、颯斗は直視できないまま視線を下げ、Tシャツの裾を握る善の手を遠慮がちに抑えた。
しかし善は手を離そうとしないまま、焦る颯斗の反応をみて恍惚とした笑みを浮かべている。
シーリングライトを背にして、影を落とした善の表情を見上げ、まるで別人みたいだと颯斗は感じた。
「これさ、俺がコマンド使ったらどうなんのかな」
「へっ」
颯斗は間抜けな声をあげた。
その体はもうほとんどドアに押さえつけられるようになっている。
善の左手は颯斗のTシャツの裾をもったい付けるように掴んだままで、反対の手は颯斗の頭の横のドアを押さえていた。
「あんじゃん、なんか、そういうの」
「あ、あのぉ、そういうの、あ、あんま知らなくて」
「なんかあんのよ、服脱ぐやつ」
「へ、へぇ」
颯斗は視線を泳がせた。
善はその颯斗の表情を覗き込むかのように首を傾けている。
顔が近い。そのことがより一層颯斗の思考を混乱させた。
「逆に俺がさ、脱ぐなっていったらどうなんの?」
「え、えっと……」
「脱ぐなってコマンド すんのにさ、俺が無理矢理脱がせたりとか」
そう言いながら善は扉に置いていた手を下ろし、ギプスをしていない方の颯斗の手首を掴んだ。
「面白そうじゃない? おまえ焦るのかな」
「あ、あの、せんぱいっ」
颯斗は腕を引いた。
しかし善の力は強く、少し身じろいだくらいでは振り解けなかった。
「なあ」
「は、はいっ!」
「いい?」
「へっ?」
顔を上げると、真っ直ぐにこちらを覗き込んだ善と目があう。魅入られるような、それでいて計り知れない恐怖を感じ、颯斗の背中は粟だった。
呼吸が浅くなっていく。
「やってみて、いい?」
断片的に、あの時の記憶がフラッシュバックする。保健室での光景だ。
颯斗は善 からのコマンド を実行できなかった自分の中に溢れた焦りと恐怖を思い出した。
「あ、せ、せんぱいっ、い、いやです」
颯斗は善の体を押した。
しかし、余計に善が距離を詰めてきて、避けるように颯斗の背中がずるずると戸を滑っていく。
ついに床に座り込んでしまったが、それでも善は颯斗をさらに追い込むように腰を屈めた。
「なんで、いーじゃん」
善の手が颯斗の顎を掴み、上向かせた。
眼前に寄せられた善の顔は信じられないくらいカッコよくて、綺麗だ。
その瞳に捉えられたら、颯斗はもう目を逸らせない。
しかし恐怖と混乱が込み上げて、颯斗はその瞳に浮かべた涙をついに溢れさせていた。
「なあ、やってみようぜ、颯斗」
善の唇が動いた。
しかし、それがコマンド を発する前に、颯斗は衣服を握った腕を振りかぶった。
パーカーのファスナーの金具が小さく音を立て、善の顔に当たったようだ。善は咄嗟に目を瞑って顔を背けている。
抑えられていた颯斗の手は解放されて、善は自らの顔を手で押さえながら俯いていた。
「あ、あっぁ! せんぱい、ご、ごめんなさい! 硬いとこ、当たっ……い、痛いですか?! け、怪我はっ⁈」
颯斗は縋るように善にしがみつき、俯いたその表情を覗き込んだ。善は顔を上げないまま、深く息を吐いている。
「大丈夫、驚いただけ」
「あ、み、見せてくださいっ、傷、顔に傷できたかも」
「平気だから、風呂入ってこい」
「せ、せんぱっ」
「いーから、行けって!」
強い口調でそう言うと、善は颯斗の腕を振りといた。
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