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8.手伝ってやろっか?(3)
善の様子が変だった。そう思いつつも颯斗は素直に風呂に入り、落ち着かない気持ちのまま部屋に戻った。
不安げに善の様子を伺うと彼はベッドを背にして寄りかかりながら、クッションの上であぐらを書いてスマホをいじっていた。その表情はすでに落ち着きを取り戻していて、いつものちょっと冷めた雰囲気の善だった。
「んだよ、じろじろみんな」
スマホに目を落としたままなのに、善は颯斗の視線を感じたようだ。
「あ、はいっ、あのぅ、怪我しなかったかなって」
言いながら、颯斗はテーブルの角を挟んだ隣に腰を下ろす。善がスマホから顔を上げた。
「大丈夫」
「で、ですね、良かった」
傷のない綺麗な善の顔を見て、颯斗は胸を撫で下ろした。同時に、その顔が自分を見つめていることにどぎまぎしてしまう。
「ごめん、さっき」
「え」
「ちょっと……いや、けっこう強引だったから」
「あ、い、いえっ、だ、大丈夫です!」
颯斗はそう言って体の前で手を振ってみせた。
「なんか、して欲しいことねぇの?」
「へっ?!」
「お詫びってわけじゃねえけど」
「な、なんかって、な、な、な」
「おまえ、Subだろ?」
颯斗は明言したことはない。しかし、善をはじめ周囲の人間にはSubとして周知されているようだった。
第二性についてはなんとなく雰囲気でわかりやすい者とそうでないものがいて、颯斗も善も前者だ。
「俺、Domだから、少しでも体調楽にしてやれるかなって、おまえずっと調子悪そうだから」
颯斗は善の表情を辿った。
薄くて形のいい唇が健康的に艶めいている。
さっきそれが目の前にあったことを思い出すと、勝手に体が熱くなった。妙なことが頭をよぎり、颯斗は一人でかぶりを振った。
「あ? なんだよ、どした」
「い、いえっ、な、なんでも」
「言えよ、なんかあんだろ」
「い、い、いや、あ、あの、こ、こんなこと言えないと言うか」
「は? そういうのダルいから言えよ」
「い、言えません!」
「いーから、言えって」
眼前で振っていた手をやや強引に掴まれて、颯斗はその動きを止めた。わなわなと震える唇で、躊躇いながらその言葉を絞り出す。
「あ、あの、キ、キスとか……してみたいなって……」
言った直後、善の空気が止まったのを感じた。その目は瞬いている。
「おまえ、調子乗りすぎだろ」
そう言われるより早く、颯斗はすぐさま後悔していた。ごまかす言葉を探しながら、大きく首を振ったが何も浮かんでこない。
「ご、ごめ、ごめんなさいっ、すみませんっ!」
焦って何度も頭を下げる颯斗に、善はため息をついた。
「ったく、とりあえず髪の毛乾かせよ」
「は、はい」
せっかく風呂で流したというのに、嫌な汗が浮かんでしまった。颯斗は出してあったドライヤーを手に取った。
「あー、貸して」
「え?」
突然、前に手を差し出され、何事かと颯斗は顔を上げる。
「やってやるから、貸して」
「え……えぇっ⁈ い、いぃぃぃっいいですよ! 大丈夫です! せんぱいにそんなことはっ……」
「いーから、かせって」
ほとんど奪うように颯斗の手からドライヤーを受け取った善は、そのままベッドの縁に座り直して足元に颯斗を座らせた。
その位置からドライヤーの電源を入れて、颯斗の濡れた髪に温風を当てている。
背中に善の気配を感じ、そのうえ善の指が自分の髪を絡めて頭皮を撫でている。颯斗が正気でいられるわけもなく、その心臓は喉から飛び出しそうなほどに早鐘を打ち、意識が遠のきそうだった。
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