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8.手伝ってやろっか?(4)

短い髪はすぐに乾いて、善がドライヤーの電源を切りテーブルに置いた。  颯斗はもっと頭を撫でてほしいと、物足りなさを感じつつも、「ありがとうございます」と頭を下げた。 「あ、あのぅ、せ、せんぱい」 「あ?」  また床に座り直した善が顔を上げた。  先ほどよりさらに善との距離が近くに感じて、颯斗ははち切れそうな胸元を手で押さえて息を吸い込んだ。 「さ、さっきの、してほしいことの、件なんですけど」 「あ? 今髪乾かしてやったじゃん」 「あっ、は、はいっ……そ、そうですね」  颯斗は用意していた言葉を飲み込み、膝を抱えて座り直した。その様子に善は短く鼻から息を吐いた。 「なんだよ」 「えっ?」 「言ってみ。何してほしいの」 「あ、あの、えっと」  もごもごと口元を動かしている颯斗の言葉を善は顔を覗き込みながら待っている。 「しゃ、写真、一緒に撮ってほしいなって」 「写真?」 「は、はいっ、あ、あのっ、さっき、ワンショット飾られるの嫌だって言ってたので、い、一緒に撮ったやつなら、い、いいのかなって」  言いながら、颯斗は机の上に視線をやった。  さっきまで飾られていた写真たては今引き出しの中にしまわれている。 「は? ダメに決まってんだろ」 「あっ……」 「ツーショットなんて飾ったら、カップルみたいだろ、気持ち悪りぃ」 「は、はいっ、そ、そうですよね」  颯斗は俯き項垂れた。  撮ってもらうつもりで握りしめていたスマホをそっとテーブルの上に戻す。 「撮るのはいいよ」 「え?」 「飾るのはキモイけど、撮るだけなら別にいい」 「ほ、ほんとですか?!」 「ちけぇよ、あんまこっち寄るな」 「あ、は、はいっすみません」  思わず乗り出してしまった体を戻しつつも、颯斗は鼻息を荒くした。再びスマホを握った手は、興奮で震えている。 「あ、あの、せんぱい」 「あ?」 「カメラに、おさまらないので、も、もう少しだけ近く行ってもいいですか?」  颯斗が問う。  それに答える前に、善がやや気だるげに自ら颯斗の近くに寄り添った。  心臓を跳ね上げながら、颯斗は必死になれない手つきでインカメを向けてシャッターを押した。  画像を確認すると颯斗の顔は緊張で強張っているし、善も微笑んでくれさえしていない。でも、そこには確かに二人が一緒に写っている。  颯斗は胸元にスマホを抱き寄せ、ほうっと息を吐いた。 「あ、ありがとう、ございます」  夢ではないことを確かめるために、もう一度画面を胸から離して視界の少し上に掲げる。 「そんな嬉しいわけ? 俺と写真撮るのが」 「は、はい!」 「へー」  うっとりと写真を見上げる颯斗と善の声の温度差は大きい。 「なあ、布団どこにあんの? 敷いていい?」  善が言った。 「あ、はいっ、あの、隣の部屋にさっき母が出してくれてたんで」 「ああ」 「俺取ってくるんで、せんぱいは座っててくだ……」  颯斗がそこまで言いかけて、立ちあがろうとした時だった。  視界が一瞬だけ薄暗く沈み、それが自分に落ちた善の影だと気がついた。  その直後に唇に触れる感触があり、颯斗は呆然と動きを止めた。善の唇がほんの少しだけ重なったのだ。 「いいよ、出してあんだろ? 俺が取ってくる」  善はそのまま流れるように自然に立ち上がる。  颯斗は何も答えられないまま、ただ隣の部屋へと消えていく善の背中を追っていた。  その後も善は何事もなかったみたいに布団を持って部屋に戻り、呆然としたままの颯斗の横でテーブルを退けてテキパキとそれを敷いていく。  そしてさっさと横になり、颯斗に背中を向けたまま「おやすみー」と平坦な口調で言いうと、毛布をかぶって寝てしまった。 「は、はい、あ、のっ、おやすみなさい……」  混乱する頭のなかで、颯斗はやっとそれだけ絞り出した。  しばらく善の背中を眺めていたが、やがて颯斗は我に帰り、リモコンで部屋の電気を消すと、自らもベッドに潜り込んだ。  スマホの時計を確認するとまだ夜の十時を回ったところだ。  眠りにつくには少し早い。けれど颯斗は会話の糸口すら見つけられず、ただ窓の外に打ちつける激しい雨音を聞いていた。

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