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9.わかったのかよ(1)
◇
今年の梅雨は短かった。
七月に入ってすぐにテレビのニュースは梅雨明けを伝え、朝からカンカンと照りつける太陽が容赦なく降り注いでいた。
通学路。颯斗は背中にリュックを背負い、あまりの暑さに制服のネクタイを緩めた。
いつものように猫背に背中を丸め、道の隅を歩いている。
颯斗自身にそんなつもりはないのだが、その姿は落ち込んでいるように見えるらしい。実際、今は少しだけ落ち込んでいた。
手元に握ったスマートフォンに目を落とす。七月を示すその文字は、もうすぐ夏休みが来ることを伝えていた。
夏休みに入ったら、颯斗はどうやって善に会えばいいのかわからなかった。
「アノちゃん、はよー」
不意に背後から肩を叩かれ颯斗は驚き振り返った。
そこに立っていたのは金沢だ。相変わらず人当たりの良さそうな柔和な笑顔を浮かべている。
「あ、お、おはようございます」
唐突に声をかけられ、身構えていなかった颯斗はしどろもどろに挨拶を返すと、その場に立ち止まり深々と頭を下げた。
金沢は「丁寧だな」などと言って笑っている。
「アノちゃん電車通学なの?」
通り過ぎると思った金沢は、予想に反して颯斗の隣に並んで歩調を合わせて歩き始めた。颯斗は戸惑いながらも金沢の問いにコクコクと頷いた。
「か、金沢せんぱいもですか?」
「俺はいつも自転車なんだけどさ、最近まじ暑すぎてムリ」
「あ、ですね」
「うん、だから、夏終わるまでは電車にしてる」
「そ、そうなんですね!」
会話が終わった。
颯斗は人と話すのが苦手だ。
最初に質問を返したのも精一杯コミュニケーションをとろうと努力してのことだった。
颯斗は歩きながら、必死に次の言葉を探していた。しかし、「朝ごはんは何を食べましたか」とか、「昨日何のテレビを見ましたか」とか、信じられないくらいどうでもいい質問しか浮かんでこない。
「アノちゃん」
「は、はひっ!」
呼ばれて颯斗は体を跳ね上げるように、金沢を見上げた。
「暑い? 顔真っ赤、大丈夫?」
金沢は言いながら、手でパタパタと颯斗の顔を仰いだ。
今だけでなく、金沢はたびたび颯斗の体調を気にかけてくる様子がある。保健室での善との一件に居合わせたことが原因かもしれない。
颯斗は大丈夫だという意思表示で、またコクコクと頷いた。
「アノちゃんさ、ちょっと立ち入ったこと聞いていい?」
「え? あ、はいっ! どうぞ!」
ずっと会話を探していた颯斗は、これ幸いと言わんばかりに金沢の話に飛びついた。
「アノちゃんってパートナーいる?」
「パー……?」
颯斗はその質問に、眉を持ち上げ瞬いた。
「Domのパートナー」
金沢が言葉を付け足した。颯斗は驚き勢いよく首を振る。
「い、いえ、い、いません、いませんよ! 俺なんかに!」
DomとSubがパートナーになるのは、恋人同士になるということと似たような意味がある。
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