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9.わかったのかよ(3)

別に性的なことを要求されているわけでもないし、DomとのプレイはSubである自分にとっても悪いことではない。  このところ薬の効きが悪く、病気の方の薬との飲み合わせについても医者と一緒に試行錯誤しているところでもあった。  金沢とプレイするということは、抑制剤を飲まなくても颯斗の欲求が一時的であれ抑えられるということだ。  そこまで理解していても、颯斗は躊躇った。どうしても頭に善の姿がチラつくのだ。 「金沢」  善の声が聞こえた。  考えすぎて幻聴かと思ったがそうではなかったらしい。振り返ると、学生鞄を肩にかけた善が立っていた。 「おっす、善、おはー」  軽い調子で金沢が善に向かって右手を上げた。  颯斗も一度立ち止まり「おはようございます」と深々と頭を下げた。 「ん」  颯斗の挨拶に対しての善の返しはそれだけだ。  それでも颯斗は善に挨拶を返してもらって胸元がくすぐったくなる。  しかもどうやら善も一緒に登校してくれるつもりのようだ。善を真ん中に迎え入れ、三人は並んで歩き出した。 「今さ、アノちゃんにお願いしてたんだ」 「なにを」 「プレイしてって」  あまりにも率直に金沢が言うので、颯斗は止めるタイミングを見失った。  あわあわと善の表情を伺ったが、彼はいつもと変わらない涼やかな顔をしている。 「へえ」 と、それだけ善が言ってしばらく会話が途切れた。  金沢は口を尖らせ戯けるような、何とも言えない表情を善に向けている。 「やんの?」  頭の上から善の問いが降ってきた。  その表情は前を向いているが、首が僅かにこちらに傾いていて、おそらく自分への問いだと颯斗は思った。 「あ、いや、その……」  颯斗が言葉を濁していると、善の視線がこちらを向いた。 「嫌なら言えよ」  善にそう言われて、颯斗は頷いた。 「あ、あのっ、はい、イヤです」 「えっ! なにそれ、傷つくー」  戯けるように金沢が体をくねらせた。  言葉とは裏腹にその表情が笑っていたので、颯斗はほっと胸を撫で下ろす。 「残念だけど、イヤなら仕方ないねー。ごめんねアノちゃん、変なお願いして」 「あ、い、いえ!」  金沢はもう忘れたかのように、話題を次の話に移していった。 「善、石坂先輩からLINEきた?」  颯斗の知らない名前だ。  善は金沢のその質問に「ああ、来た」と短く答えて手にしたスマホを持ち上げてみせた。 「行けそう? 予備校平気?」 「うん、その日は夜なら平気だから行ける」 「お、いーね!」  善と金沢の友達同士の会話だ。共通の友人で集まる話なのだろうか。  颯斗は自分には関係のない話と悟るやいなや、空気にでもなったかのように自然と存在を消して、ただ黙って二人の隣を歩いていた。 「あ! ねえ、アノちゃんも来れば?」 「へっ?」  突然話をふられ、ぼんやりと爪先を眺めていた颯斗は驚いて顔を上げた。 「来月の安良川の花火大会! 俺らの中学の先輩の繋がりで、毎年広めに場所取りしてくれてんの」 「あ、で、えっと、俺、その人たち知らないし」 「あー、大丈夫大丈夫! みんな勝手に友達呼んでくるから、いつの間にか凄い人増えてるし、知らないやつもいっぱいいてカオスになってんだ! 混ざっても絶対バレない、な? 善」  金沢はケラケラと笑いながら、隣の善に同意を求めて目配せをした。  善も何か情景を思い出したかのように「そうだな、カオスだ」と言いながら、口元に笑みを浮かべている。 「おいでよ、アノちゃん! 善と花火観られるよ?」  そう言って、金沢はわざとらしく下手くそなウィンクをした。 「せんぱいと、花火……」  颯斗はその言葉を口の中で繰り返す。  急に視界が輝き、ただでさえ暑さで熱った頬にはさらに赤みがさしていく。 「どーする? アノちゃん」 「あっ、い、行きたいです! せんぱいと花火‼︎」  三人は校門を抜け、昇降口にたどり着いて足を止めていた。

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