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9.わかったのかよ(4)

 またボリュームを間違えた颯斗の声は吹き抜けを通して響き渡っている。  一瞬周囲の注目を集めてしまった颯斗は、恥ずかしさのあまり、顔を真っ赤にして俯いた。 「おっけーおっけー! 熱意は感じられたわ」  金沢は笑いながら何故か隣の善の肩を叩いていた。   「んじゃ、連絡先交換しとこ、詳細おくるから」 「は、はいっ!」  颯斗はポケットからスマホを取り出すと両手で握りしめた。  高校に入学した時に、ほとんど社交辞令みたいに数人と連絡先を交換したが、颯斗のスマホに誰かの情報が新しく加わるのはその時以来だ。  操作に戸惑っていると、金沢は慣れた手つきで颯斗のスマホまでもを操作して、あっという間にお互いの連絡先を登録した。 「善も交換しとけよ」 「えっ⁉︎」  また大きな声を出してしまった颯斗は思わず口元を押さえた。  嫌がられるかと思ったが、善は意外にもあっさり頷くとすぐにスマホを差し出し、その画面を颯斗の前に見せてきた。 「い、いいいいんですか?!」  颯斗は鼻息を荒くした。  その瞳は困惑と期待と歓喜が入り乱れ忙しなく瞳孔を揺らしている。 「え? じゃあ、ダメ」 「ぁっ、ぇっ……」 「うそだよ、いいよ。ほら、登録しろよ」 「は、は、はいっ!」  さっき金沢の操作を見ていたと言うのに、颯斗の手元は震え、見当違いのところばかりをタップする。  結局は「何してんだよ」と少し苛立った善が颯斗のスマホを操作して、お互いの連絡先を登録した。 『大崎 善』の文字が自分のスマホの画面に表示されている。颯斗はその画面を掲げ目を爛々と輝かせた。 「じゃあ、アノちゃん、また連絡すんねー」 「は、はいっ!」  金沢はヒラヒラと手を振って、善は適当な様子で頷いている。二人は三年生の下駄箱の方へと向かっていった。 「すごい……せんぱいの、連絡先……」   颯斗は一人その場に立ち尽くし、まだ夢心地のままスマホに目を落とした。  自分の手の中に、善との繋がりがある。この画面をタップするだけで、電話も掛けられるし、メッセージだって送れる。遠い場所にいても繋がれる……かもしれない。  「やった……やっ……うひゃぁっ⁉︎」  颯斗は驚き声を上げた。  直前の出来事に喜んで拳を握りスマホから顔を上げると、目の前に善が立っていたのだ。どうやら一人で戻ってきたらしい。 「すぇ、せ、せんぱっ、ど、どう……」  言葉にできないまま、颯斗はスマホを両手で握り胸元に画面を押しつけた。  やっぱり消せと言われたらどうしようと、咄嗟に頭に浮かんだのだ。  しかし善はそんなことを言うために戻ってきたわけではないようだった。 「おまえさ」 「は、はひっ!」 「さっきの金沢の話」  さっきの、と言われて颯斗は直前の記憶を頭の中で反芻した。 「あ、は、花火大会の……?」 「ちげーよ、そっちじゃねえよ」 「あ、へっ、は、はい」 「プレイがどうとかって、やつ」 「あ、あぁ、は、はい」  そっちか、と颯斗は胸を撫で下ろす。  もし花火大会やっぱり来るなと言われたら、立ち直る自信はない。 「気をつけろよ」 「え、は、はぁ……えっと、何に……?」 「おまえなんか、いっつもオドオドしてるし、はっきりしねぇし」 「あ、はい……」 「そういうのつけ込まれるから」 「はぁ」 「イヤなもんはイヤだって、はっきり言え」 「はい、あのっ、でもさっきちゃんとい……」 「わかったのかよ」 「あ、は、はいっ! わかりました」 「ん」  それだけ言うと、善は廊下の向こうに去っていった。

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