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10.せんぱいだって(1)
◇
記録的な猛暑が続くこの夏は、じりじりと颯斗の体力を奪っていった。
先週から病気の方の薬との飲み合わせを鑑みて、また別の抑制剤を服用し始めた。それがどうやら颯斗にはあまり合わないようで、このところずっと体が怠い。
「颯斗ー? お母さんお仕事いくけど、具合どう? 一人で平気?」
母親が部屋のドアから顔を覗かせた。
エアコンを効かせた室内で、横になりながら参考書を開いたり閉じたりしていた颯斗はゆっくりとその体を起き上がらせた。
「うん、平気」
それだけ絞り出すのがやっとなほどに、体の調子は芳しくなかった。
しかし颯斗はそれを母親に隠したかった。
辛いと言えば、母はわざわざ仕事を休んででも颯斗の側にいようとするだろう。自分のせいで母親の生活をこれ以上制限させてしまうことを、颯斗は避けたかった。
それに今日は安良川の花火大会の当日で、夏休みに入って数週間経ってから、久々に善に合える日なのだ。
「調子悪かったら、無理しないでね」
「うん、わかってる」
母親にも今夜花火大会に行くことは伝えてある。
体調が万全ではない中、人混みに出掛けることを母は心配している様子だったが、善が一緒だと伝えるといくらか安心したようだった。
それに、颯斗がこの行事をずっと楽しみにしていたことを知っているからか、たぶん行くなとは言えないのだろう。
母親が仕事に出かけ、夕方近くまで体を休めていた颯斗は、そろそろ身支度を始めようとゆっくりとベッドから這い出した。
学校の外で善に会うのは、前にこの家に見舞いに来てくれて依頼だ。制服姿の善はもちろん最高だが、私服姿も楽しみで仕方がない。
「あっ! も、もしかして……せんぱい、浴衣着てくるんじゃっ……⁈」
颯斗はスマホを握りしめた。
そんなレアショット撮り逃す手はない。まだ会ってもいないのに、颯斗の胸は善のことを考えただけで鼓動を早めた。
善の浴衣姿を期待しつつも、颯斗自身はTシャツにジーパンという非常にシンプルな服装に着替えた。
少しでもおしゃれに見せようと髪の毛だけはきちんと整えたが、やはり顔色が悪いのはどうにも誤魔化せなかった。もうそれは仕方ないと割り切っている。
颯斗は一人、電車に乗った。
会場の最寄駅に近づくにつれて、車内は混み合ってくる。
家族連れやカップル、友達同士で楽しげな会話が繰り広げられる中、颯斗はドアの脇の手すりにしがみついていた。
颯斗の視線の先で、浴衣姿の男女のカップルが楽しげに笑い合いながら寄り添っている。仲睦まじいその姿が純粋に羨ましい。
もし自分がもう少し長く生きられるのなら、善とあんな風に浴衣を着て一緒に歩く未来もあったのだろうか。
そんなことを考えてから、颯斗は密かに自嘲した。
――例え長く生きたとしても、自分なんかがせんぱいの隣にいられるわけないか。
電車が会場の最寄駅に到着すると、電車内からは一斉に人が溢れ出した。
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