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12.そういうつもりじゃ(1)
シャワーで体を洗い、備え付けの洗濯乾燥機で衣服を洗った。それから少しだけ休んで外に出た時には、もう花火大会はとっくに終わっている時間だった。
颯斗は自宅まで送ってくれるという善の言葉に恐縮しながらも、今は最寄駅から自宅までの道のりを二人で並んで歩いているところだ。
「もう体調は大丈夫か」
「あ、はいっ、お、おかげさまで」
颯斗は顔を赤らめ俯いた。
今日、善がこんなふうに問いかけるのはこれで三度目だ。その度に颯斗は善との情事を思い出し、早鐘を打つ胸元を手のひらで押さえて息を整えている。
正直、心なしか体が熱く頭もぼーっとしているが、そんなことはどうでもいいと思えるくらい、とんでもない出来事が起こってしまった。
「悪かったな」
「えっ?」
唐突にそう切り出した善に、颯斗は顔を上げた。
夜の住宅街、人通りはなく車もまばらだ。
ガードレール越しの歩道は狭く、並んで歩くとすぐ隣に善の体温を感じる。
「いや、なんかいろいろ」
そう言いながら、善は口元に手を当てて視線を向こうに逸らしていく。心なしか耳が赤らんで見えた。
「あ、いえ! た、助かりました。あの、指突っ込まれた時はびっくりしましたけど、その、全体的にはとても良い体験になったと言いますか……」
言葉を選びながら言ったものの、途中からとても頓珍漢な回答をしたような気がして、颯斗は語尾を濁しながら後頭部を掻いた。
「あの、さ」
「は、はひっ! 何でしょう⁈」
思わず声が大きくなり、発した後で颯斗は肩を窄めた。
「あれ何?」
「は、はぁ、あ、あれ?」
「来年とか無いって言ってたやつ」
颯斗は記憶を辿った。
サブドロップで混乱していて曖昧だったが、確かにそのようなことを発言したような気がする。
余命宣告された自分はおそらく「来年また善と花火に行くという未来はない」と、そういう意味での発言だった。
「あ、えっと……来年は、ほら、俺受験生になるし、忙しいかなって」
「ああ」
善は納得したのかしないのか、よくわからない様子で相槌を打った。
「べつに、一日くらい平気だろ」
「えっ」
「花火大会の日、一日くらいなら勉強休んでもいいんじゃね」
「あー、で、ですね」
「うん、来年行くなら、着てやるよ」
「えっと、いくならって、せんぱいと……俺が、ですか?」
「うん、てかこの話の流れで他に誰がいんの」
颯斗はポカンと善を見上げた。
善は足元を向いたまま、淡々と歩みを進めているように見える。
「着てくれるんですか? 浴衣……」
「うん、いいよ」
善はこちらを見ないまま頷いた。
「おまえも着ろよな。俺一人で張り切ってるみたいなの、恥ずいから」
「……はい」
颯斗は頷いた。
つま先を見つめ、善の歩調に合わせて歩みを進める。心なしかさっきよりもゆっくりとした速度で進んでいる気がした。
「へへっ」
「え、なに、笑い方キモ」
「ンフフ、うれ、嬉しくて……」
颯斗の口元はニヤついていた。善に見られる前に目元を拭う。
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