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13.頼むから(2)
金沢に善からの話を聞かされた後、トイレの個室で一人座りながら、颯斗はスマートフォンのカレンダーを眺めた。
余命宣告されたのは今年の春だ。
半年ほど経って、病状はほぼ医者の予想通りに進行している。
誰かの足音が聞こえた。
食堂や購買近くのこのトイレは、昼休み中は比較的人の利用がある。いつまでも一人で個室を占領しているわけにはいかないと、颯斗が思った時だった。
「ちゃんとそのまんま伝えたから」
金沢の声だ。
入ってきたのはどうやら二人のようで、颯斗はその声に立ちあがろうとしていた動きを止めた。
「ああ」
低く相槌を打つのは、善の声だった。
「良かったのか?善」
「なんだよ、みんなだって、ストーカーだなんだって言ってたじゃん」
「まあ、そうだけど。それっていじりてかそんな感じだし。実際、善はそんなに嫌がってないんだと思ってたよ」
自分の話だと、颯斗は思った。
聞いてはいけないと思いつつ、今出て行くタイミングではないことはあきらかで、ここにいる以上どうしても二人の会話は耳に入った。
「なんなら、わりと気に入ってるんだと思ってた。パートナー組むのかなって」
「俺と、あいつが?」
善が嘲るかのように息を漏らしたのがわかる。
「うん」
金沢が頷いた。
「ねーよ、俺とあいつじゃ、タイプが違いすぎんだろ」
「まあ、そーか……」
二人の足音は、トイレの外へと消えていった。
颯斗はもともとわかっているつもりだった。
自分と善じゃ、どう考えても釣り合わない。
内向的で人付き合いの上手くない颯斗にとって、見た目が良くて、いつでも人の中心にいるような善の姿は眩しかった。
だからいつの間にか憧れていた。遠くから姿を見つめるだけで満足だったのに、あと一年しか生きられないと聞いてから、なぜだかふつふつと欲が沸いてしまったのだ。
勇気を出して挨拶をするようにしてみたら、少しずつ構ってくれるようになった。
それでも、まだ分をわきまえているつもりだったのに……
こうして改めて善の気持ちをつきつけられると、いつの間にか自分は期待していたのだと気がついた。
――馬鹿みたいだ。調子に乗っていた。だから、優しくしてくれていたせんぱいに、呆れられて、嫌われてしまった。
颯斗は個室の戸を開けた。
トイレ内には誰もいない。
洗面台に歩み寄り、冴えない自分の顔が映る鏡を見つめた。
相変わらず顔色が悪くて、目の下にクマができている。髪の毛だってやぼったくて、自然と丸まってしまう肩はひ弱で貧相だ。
――そうだよ、こんな自分がせんぱいとどうにかなれるわけないって、もともとわかってただろ?
「それに、どうせあと半年くらいしか生きられないんだし」
小さな声で呟くと、足音がした。
知らない生徒が入ってきて、颯斗は慌てて蛇口を捻る。流水を眺めるかのように俯くと、目元から水滴がこぼれ落ちた。
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