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15.七年後(1)

        ◇◆◇◆◇◆◇◆ 心地よい春風に、買ったばかりのレースのカーテンが揺れている。  マンションのニ階。  窓の外には歩道を挟んだ川縁に桜の木が植えられている。満開を終えた花びらが、風が吹くたびにヒラヒラと舞い、まるで額縁の中に収められた一枚の絵みたいだった。  ダンボールが積み重ねられている以外は、がらんどうの室内で、颯斗はついぼんやりとその光景を眺めていた。 「荷物これでだいたい全部? すごい少ないけど」  背後から声をかけられ、颯斗は振り返った。 「うん、家電やベッドは新しく買ったから、後から届くことになってる」  颯斗は荷物が少ない理由をそう説明した。  ダンボールの中は当面必要な着替えと最低限の日用品だ。後は実家に置いてきた。 「ふぅん、にしてもずいぶん急だったな」  そう言って肩を回す仕草をしてから、颯斗の持ち込んだダンボールの封を開けるのは、大学で同期生だった三妻翔太(みつましょうた)だ。  彼は高校時代野球部だったらしく、持ち前の長身と引き締まった体型を「モテたいから」と言う理由で大学を卒業して社会人になった今でもキープし続けている。  高校を休学していた颯斗よりも一つ歳が下だが体格のせいか寧ろ颯斗の方が年下に見られることが多かった。  翔太は大学時代いつも流行りの髪型をして、ファッションにも気を使っていた。当時は少々派手な見た目だったが、大手保険会社に総合職として勤めて二年目の今は、その見た目はすっかり落ち着きスーツを着れば「元スポーツマンのエリート」といった風貌だ。  それでもラフな私服に身を包み、友人である颯斗と話をしている今の雰囲気は、学生時代から変わらなかった。 「うん、だって急にこの部屋が空いたって、不動産屋から連絡来たから、急いで手続きしたんだもん」  颯斗も翔太と同じように、ダンボールの一つに手を伸ばした。  ガムテープを剥がし、中を改めていく。  まだ新しく買った収納用の棚などは届いていない。とりあえず衣服だけクローゼットにかけて、後はぼちぼち荷解きするかと頭の中で算段をした。  そうなってくると今日できる作業はほとんどなくて、暇だからと手伝いに来てくれた翔太に昼飯でも奢るかと、颯斗はスマホを手に近隣の店を検索した。 「げっ、なにこれウケる」  唐突に翔太が声を上げた。  颯斗はスマホから顔を上げてそちらを向くと、翔太は段ボール箱からコルクボードを取り出して、それを冷やかすかのように眺めていた。 「もしかしてこれ颯斗? 今と全然違うじゃん」  そう言われて、颯斗は翔太に歩み寄りその手元をのぞいた。  A2大のコルクボードには、いくつかの写真が貼り付けられている。実家で飾っていたものをそのまま持ってきたのだ。  母親と二年前に籍を入れた再婚相手と三人で撮った家族写真、大学の同期生との写真……それから…… 「この人が颯斗の言ってた、例のせんぱい?」  翔太が写真を指差し、尋ねた。  颯斗は口元をギュッと結び、こくりと小さく頷く。その頬はほのかに赤みが刺していた。 「ふうん、イケメンじゃん」  翔太が見ているのは高校時代の善の写真だ。 「それにしてもさ、颯斗変わりすぎじゃない? もはや別人だけど」  そう言って、翔太は写真と颯斗の顔に交互に視線を送っている。  颯斗は唯一善と一緒に撮った写真をコルクボードに飾っていた。  その頃の颯斗は野暮ったくて顔色も悪くて、どうせ自分はこうだからと決めつけて、改善する努力すらもしていなかった。人見知りでうまく喋れない、と理由づけて人付き合いからも逃げていた頃の自分だ。 「でしょ? 俺、大学デビューだから」  颯斗は笑いながらそう答えると、翔太の手からコルクボードを受け取った。  颯斗が療養を終えて学校に戻ったのは、善たちが卒業した春だ。結局あの花火大会の夜以降、善とは一度も言葉を交わすことがなかった。   「え、飾るのそれ」 「うん」 「正直ちょっとダサいけど」 「いーの」  颯斗はとりあえずの置き場所として、コルクボードを部屋の壁に立てかけた。

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