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15.七年後(2)

 体が健康を取り戻し、復学してから少しばかり身長が伸びた。食べる量も増えて、適度な運動量を保ち、背筋を伸ばすように意識してしばらく経つと、貧相だった自分の体が、年相応に変わっていく。  そのことは、颯斗の意識を変えていった。  見た目にも気を使うようになり、大学生になってからは苦手だった人付き合いも、努力して積極的に人と関わるようにした。  本質的な人見知りは改善されないものの、当たり障りのない関係性はある程度築けるようになっていったし、その中で翔太のように気を許して話をできるような友人もできた。  自分は変わったのだ。と、颯斗は昔の自分の映る写真を眺めながら、改めて思った。  翔太が表現したように、昔の颯斗と今の颯斗はだ。  適当なところで荷解きの手を止め、翔太と一緒に近所の回転寿司屋に行った。  颯斗は酒に強くないが、酒好きでビール党の翔太は、ビール三杯に寿司二十皿をぺろりと平らげ、上機嫌で帰っていった。  一人戻った颯斗は、ベッドすらもまだない部屋で、のらりくらりと荷解きの続きを進めていた。  日が暮れて少し経ってからは、唯一敷いたラグの上で膝を抱えて、マグカップに入れた紅茶を啜りながら壁に耳を押し付けた。  颯斗の部屋は東寄りの角部屋だ。  駅徒歩八分、広めの1DKのこのマンションは四階建てで全二十部屋。  空室を待って一年。このマンションであればどの部屋でもいいと不動産屋には伝えていたが、幸運にも颯斗が一番に望んでいたこの部屋に空きが出たと連絡をもらったときは、もはや運命を感じていた。  西側の壁に耳を寄せたまま、颯斗はコルクボードに視線をやった。  そこには相変わらず瑞々しい高校時代の善と、全く釣り合わない冴えない自分が共に映っている。 「でも、俺は変わった」  わざと口に出したのは自分を鼓舞するためだった。  やがて外廊下を歩く人の足音がした。その気配はこちらの方へと近づいてくる。  颯斗は少し緊張しながら息を吸い込み、神経を尖らせた。  足音は颯斗の部屋の前を通り過ぎていく。そして、ガチャリと鍵を差し込む音がして、ドアノブを引いた気配があった。  壁に押し付けた耳に意識を集中させると隣室の物音が聞こえる。帰ってきた。そう思ったら、勝手に心臓が早鐘を打った。  颯斗は深く息を吐いた。  傍に用意していた紙袋を掴み、ソワソワとキッカリ三十分だけ時計を見つめた。  そして立ち上がり、玄関に向かう。靴を履いて、ドアを開けた。  向かうのは隣の部屋だ。  玄関扉の前に立ってから、髪と衣服を整えもう一度深く息を吐く。そして、ゆっくりと呼び鈴を押した。  インターホンに出る気配はない。その動作を省略して、どうやら隣室の住人は直接玄関にきたようだ。ドア越しに気配を感じる。  おそらく覗き窓から来訪者の様子を伺っているのだろう。颯斗は背筋を正し、少し気まずげに視線を足下に落とした。   ガチャリと鍵を開ける音が鳴った。ドアが押されて、ゆっくりと開かれていく。隙間からのぞいた住人の顔を見て、颯斗はハッと息を止めた。   「早かったですね」  扉を開けた男は無感情にそう言った。 「えっ」 と、颯斗は息を漏らす。  そこにいるのは、大崎善だ。  偶然ではない。颯斗は知っていた。善がこの部屋に住んでいると知っていてここに引っ越してきたのだ。 「あのっ、こ、これ……つまらないものですが」  善を前にして一気に高校時代の自分が戻ってきたようだ。緊張で息が詰まって上手く喋れない。  久しぶりに間近でみる善の姿に、感極まって涙まで溢れてしまいそうだ。  高校時代の派手さは薄らぎ、ツーブロックに黒髪の善はあの頃よりも少しだけ背が伸びていて、骨格もさらに大人びたように感じられた。  しかし相変わらず、華やかで整った見た目なのは変わらない。  成長した愛しの君の姿に、颯斗は無意識に胸元に手を当てながらも、もう一方の手で手土産の紙袋を差し出した。

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