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19.こう見えて、慣れてるんで(1)
カウンター内に立ったジャケット姿の黒髪短髪で小綺麗な男が愛想よく颯斗に笑いかけて来た。
「こんばんは、いらっしゃいませ」
慣れない店の雰囲気の中で、颯斗はその店員のいるカウンターに縋りついた。
ちょうど空いていた入り口近くのその席に腰を下ろすと、肩を窄めてオドオドと店内を伺った。
「初めましてですよね? なんにします?」
そう言って柔和な笑顔でおしぼりを差し出した店員に、颯斗はほんの少しだけ安心感を覚えた。
「あ、は、はいっ、えっと、ウーロンハイ」
「かしこまりました」
「あ、あのぅ、すごく薄めにしてください」
颯斗が言うと、店員は親指を立てて口角を上げた。
なんだかスマートなその素ぶりに颯斗は一瞬見惚れてしまう。
成人して数年経ってはいるが、普段雑多な安居酒屋でしか飲み食いしない颯斗にとって、こんな大人な空間は新鮮だった。
しかしながらスーツを着ていなければ未だに大学生と間違えられる颯斗にとってはやはり場違いな気もしてしまう。
店員が出してくれた薄いウーロンハイに口をつけながら、存在を消すかのように縮こまって、店の奥を伺った。
奥は更に人が多くて、何やら楽しげに談笑する声が聞こえる。
常連客同士で話しているのだろうか。その数名の人の中に、颯斗は善の姿を見つけた。
グラスを片手にテーブル席を囲みながら、楽しそうな善の姿は、高校時代に金沢ら友人達と談笑していたあの笑顔の面影がある。颯斗の胸は懐かしさでじんわりと熱くなっていった。
「こんばんは」
不意に声をかけられて、颯斗は顔をあげた。
明るく染めた少し長めの髪をかきあげるようにセットした長身の男だった。落ち着いた雰囲気で、年齢は颯斗より少し上に見える。二十代後半くらいだろうか。
「あ、こ、こんばんは」
颯斗が挨拶を返すと、男は座っていいかと聞くかのように隣のスツールを指差している。
颯斗はほとんど反射的にコクコクと首を縦に振って、必要もないのに姿勢を正して座り直した。
「君、見かけたことないけど、初めて?」
「あ、は、はい。そうです」
そう言う男はこの店の常連なのだろう。すかさず男の前にグラスを置いた店員の態度からもそのことが窺えた。
「そんな緊張しないでよ、急にプレイ始まっちゃうような下品な店じゃないし。同じ趣向の人同士で交流を深めましょって感じだから」
男は言いながらグラスを持ち上げ、颯斗の前で少しだけ傾けて見せた。颯斗も慌ててグラスを手に取ると、男のグラスにゆっくりと当てた。
「俺、香坂 。君はなんて呼べばいい?」
「あ、はい、えっと、永井です」
颯斗は深々と頭を下げた。
「めっちゃ、丁寧! 永井くんいくつ?」
「えっと、二十四です」
「わっかいなー、ねぇ、俺幾つに見える?」
香坂はこう言う場に慣れているようだ。颯斗にとっては会話をリードしてくれるのはありがたい。
「えっと、二十八歳くらいですか?」
「おぉっ、いーね永井くん! 奢ってあげる」
どうやら実年齢よりも颯斗が若く答えたことで、香坂は機嫌を良くしたようだ。
本当は幾つなのかは教えてくれないま、香坂が店員に頼んで颯斗の前の空いたグラスが下げられて、新しくウーロンハイが並べられた。
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