46 / 85

19.こう見えて、慣れてるんで(2)

 颯斗が香坂に礼を言おうと口を開きかけたところで、ちょうど奥の集団から少々大きな笑い声が上がった。颯斗も香坂も一瞬そちらに目を向ける。 「向こう盛り上がってんなー」  香坂の呟きに、颯斗は顔をあげて問いかけた。 「お知り合いなんですか?」 「うん、まあ、この店でよく会う感じ。たまに話したりもするよー」  その言葉に颯斗は目を輝かせた。 「あ、あの、香坂さん」 「はいはい?」 「どうやったら、あの人たちと仲良くなれますか?」  率直すぎる颯斗の問いに香坂はビールの入ったグラスに口をつけたまま眉を上げた。 「え、仲良くってそういう……?」  少し戸惑った香坂の様子に、颯斗は慌てて首を振った。 「あ、いや、変な意味じゃなくて! あのぅ、楽しくお話したりするにはどうすればいいかなって」 「ああ、なるほどね」  そう言ってグラスを置くと、香坂は一度善たちのいる方向を振り返った。様子を伺っているようだ。 「もしかして、誰かタイプの人がいた?」  こちらを向き直り、香坂はニヤリと口角を上げて見せた。 「あ、いや、そのぉ……」  言い当てられた気恥ずかしさから、颯斗は顔を赤らめやや俯いた。その仕草を見て、香坂は楽しげに笑い声を上げた。 「オッケー、取り持ってあげる。ちなみに、あの派手な髪色の人と白い服の人はSubだけど、他は全員Domだよ、大丈夫そ?」 「は、はいっ」  八人くらいの集団だが、そのほとんどはDom性のようだ。こういう場に積極的に姿を見せるのは圧倒的にDomが多いというのはなんとなく想像がつく。  悪意のあるコマンドで意図せず支配されてしまう危険性のあるSubは警戒心が強いのだろう。  大丈夫かとわざわざ確認をしたということは、香坂は颯斗がSubだと気づいているようだ。 「まあ、ちょっと軽いけど常識あるし、気のいい人たちだから安心してよ。おいで」  そう言って香坂はグラスを持って立ち上がった。颯斗もそれに倣ってグラスを握ると、まだ緊張で肩を丸めながら後に続いた。 「お、香坂さん来てたんだ、おっすー!」 「ばんわー」 「ひさびさじゃん」  香坂が近づくと皆親し気に握手をしたり手を合わせたりと、なんだか海外ドラマみたいな挨拶を交わしている。  その中に善もいる。颯斗はそちらを直視できないまま、違う方向に視線を泳がせていた。 「そっちの人香坂さんの知り合い?」  集団の一人がそう言って香坂の後ろでグラスを手に肩を丸めていた颯斗を覗き込んだ。  颯斗はその問いに顔を上げる。  瞬間、はっきり善と目が合った。善は眉を上げて瞼を大きく開いていた。驚いている様子だ。 「うん、さっきそこでナンパして来た、今日初めてなんだってー」  そう言って、やや強引に香坂は颯斗の肩を押して自分の前に立たせた。 「あ、え、えっと、永井と申します。よろしくお願いします」  また深々と頭を下げた颯斗に、一同は笑いをこぼした。 「よろしくー」 「てか丁寧すぎる、めちゃくちゃ緊張してんじゃん」 「気軽に接して〜」  香坂が先ほど言っていたように、気の良い人たちのようだ。  颯斗は少しだけ胸を撫で下ろしながら、下げていた頭を持ち上げた。 「永井さん、こういうとこ来んだね」  耳障りのいい善の声に、颯斗はピクリと肩を持ち上げた。 「あ、ぁっ、大崎さんっ、す、すごい偶然ですね!」  取り繕わなければ、と焦れば焦るほど、喉奥が震えて掠れたような変な声が出た。 「偶然?」  そう言って善が笑った。 「え? 二人知り合いなの?」 「うん、……お隣さん」  善がそう言ったのを聞いて、香坂が颯斗を振り返った。その表情は、何かを察したかのようにニヤついている。  颯斗は気まず気に顔を赤らめ目を逸らしながらも、無言のまま小さく頷いた。

ともだちにシェアしよう!