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19.こう見えて、慣れてるんで(4)

 これですでに四杯目だ。水分の摂りすぎで腹も若干苦しいが、本来の目的を思い出した颯斗は酒の力を借りて自身を勢い付けたかった。  思い切ってこの店に飛び込んだことで、善と話す機会が持てた。このチャンスを逃すわけにはいかない。次の段階に踏み出さなければ。 「お、おおお大崎さん!」 「ん?」 「えっと、そのぉ、ああの、俺と……わ、わ……」 「わ?」 「あ、ちょっと待ってください」  緊張しすぎて喉が詰かえた。  颯斗は、濃い目に入れてもらったウーロンハイのグラスを握りしめ、ごくりと一口飲み込んだ。アルコール臭くて驚いたが、今はそれどころではない。 「俺、と、そのぉ、ワン……ワン……」 「え? わんわん? なに言ってんの?」  善が眉を寄せつつも笑いをこぼした。  目の前で笑いかけてくれる、やはりそれだけで嬉しくて颯斗は込み上げそうな涙を堪えた。 「なーんだよ、どした?」 「えっと……」  善の手が颯斗の胸元に伸びて来た。ズレたネクタイを直したようだ。シャツ越しに少しだけ触れた指先の体温がいやらしくて、颯斗の心臓は大きく脈打った。 「|Say《言ってみろ》、颯斗」  善の瞳が真っ直ぐに颯斗を見つめている。  目が離せない。小声で紡いだ善のコマンドに颯斗は一瞬にして取り込まれてしまったようだ。 「せんぱい、俺と、ワンナイト……してくれませんか」  善が目を瞬いた。  颯斗はそこで我に帰り、顔を赤らめ視線を逸らす。一拍置いて、善が上げた笑い声は店内の喧騒に紛れた。 「今時そんな言い方する奴いるんだな」  笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭いながら、善が言った。 「は、はぁ、す、すいません」 「謝んなって、面白かったから」  そう言って、善は颯斗の肩を叩いた。 「あ、あのぅ……」 「ん」 「俺、本気……なんですけど」 「ああ」  颯斗は少しだけ顔をあげて、並んで座る善の横顔を盗み見た。  グラスを傾ける善の鼻筋はすごく綺麗で触れたくなる。不意にその表情がこちらを向いて、颯斗はびくりと肩を揺らした。 「俺、けっこうきついと思うよ?」 「えっ?」 「強めのDomってこと、女の子相手じゃ可哀想だから、この店きてんの」  颯斗は呆然と善の言葉の意味を考えた。  その上で、どう答えれば善が首を縦に振るのかどうかというところまで考えを巡らせる。 「あ、あの、大丈夫です、俺、こう見えて慣れてるんで」 「…………へぇ?」  一瞬、善の眉がぴくりと揺れた気がしたが、颯斗は気にせず言葉を続ける。 「はい、あのぅ、こういう店も別に、は、初めてではないですし……あ、この前一緒だった人も、本当は友達じゃなくて、セ、セフレなんです!」  ごめん、翔太。と、颯斗は心の中でつぶやいた。 「やっぱ、あいつDomなの」  少し予想外の善からの質問に、颯斗は頷いた。 「へぇ、じゃあ、あいつと、プレイしてセックスしてるんだ?」 「セッ……は、はい、まぁ、そ、そうです!ヤリまくりです」 ――本当ごめん、翔太!  颯斗は心の中で翔太に向けて土下座をしている。 「な、なので、大丈夫です! 問題ありません!」  少々大きな声でそう告げると、颯斗はウーロンハイをもう一口喉奥に流し込んだ。  顔に登った熱を冷まそうとしたのだが、逆にアルコールで体が熱くなってくる。 「あ、そ……」  善はなにやら物憂気に手元のグラスに視線を滑らせている。  ここは食い下がるべきだと、アルコールの力が颯斗の背中を押した。 「あ、あのぅ、だ、だめでしょうか?」  くいっと顔を傾けて、颯斗は善の顔を覗き込んだ。     善の視線が颯斗を向いた。一瞬躊躇ったような気配があったが、気のせいだったかもしれない。 「いいよ」  善は颯斗の手を掴むと、真っ直ぐ目を見てそう言った。

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