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23.なんか怖いよ(1)

        ◇◆◇◆◇◆◇◆  高三の春。昇降口。  善は自らのコマンドで跪いた相手のつむじを見下ろした。  気がついたら陰からコソコソこちらの様子を伺っていたことは知っている。たまにスマホを向けてきていたから多分盗撮もしていたと思う。  善は自分のDom性が強いことを自覚していた。それに惹かれるのか言い寄ってくるSubは多い。  この相手もおそらくその一人だろう。今まで実害がなかったから放っておいたが、正直こそこそ観察されているのはいい気分ではなかった。   「おまえ、ストーカーくんじゃん、髪型変わってるから気づかなかったわ」  相手の顎を掴み顔を上げさせ、苛立ちを込めた言葉を吐き捨てると、驚いていた表情が悲しげに眉を下げた。  善が直前に与えたコマンドのせいで、頬は僅かに紅潮しているが、クマのせいか全体的に不健康で消えそうなほど儚げだ。何故か急に染めた薄い毛色の頭髪のせいで、余計にそう見える。 「あ、あのっ、す、すみません、ほ、ほんとに、挨拶したかった、だけで」  ストーカーくんは馬鹿みたいに口をぱくぱくさせながら、目に涙を浮かべている。  たしかに挨拶をされただけだ。なにも盗られてもないし、触られてもいない。  少しきつく言い過ぎたかと善は後悔し始める。  苛立っていたせいもあって、グレアを浴びせてしまったかもしれない。  DomとSubの関係性は、支配する側とされる側だ。圧倒的にDomが優位に立っている。Domからの一方的な行為は外聞が悪い。  善はため息をついた。  顎を掴んでいた手を滑らせ、ストーカーくんの頭に置いてやる。下がっていた眉が、また馬鹿みたいにぽかんと緩い弧を描いた。頭悪そ。  髪を撫でてやった。コマンドを投げつけ、グレアを浴びせたのは善だと言うのに、同じ相手に頭を撫でられ、ストーカーくんはまるで救われたかのように恍惚とした表情を浮かべている。  なんか哀れだ。哀れで……  ハッとして、善は手を離した。  相手の顔を観察すると、とりあえずグレアの恐怖からは解放されたようだった。  本能的に胸の奥に湧き上がった感情を抑え込みながら、善は踵を返してそそくさとその場を立ち去った。

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