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29.繰り返してる(1)

                 ◇  参考書を机に広げ、ぼんやりと窓の外を眺めながら、コーヒー牛乳のストローを噛んだ。  夏休みが終わってしばらく経つと言うのに、うんざりするくらい暑い。 「善、俺そろそろ嘘つくのつらい」  教室に戻ってくるなり、善の前の席に腰を下ろした金沢が言った。横向きに座った体制のまま、善の机に肘をついている。 「嘘?」  善が問い返すと、金沢はわざとらしくため息を吐いた。 「お前が、食堂に来ない理由! アノちゃんほぼ毎日甲斐甲斐しくお前のこと待ってるぞ」 「別に嘘じゃねえだろ」  颯斗に聞かれたら、教室で勉強しながら昼を食べていると伝えてほしいと金沢に言ってあった。  金沢は善の答えに肩をすくめる。 「なあ、何かあったのか?」 「別にない」 「だってアノちゃんお前に謝りたいって言ってたぞ? なんかされたの?」  善は黙った。  あの時突発的に怒りが湧いた。  でも、後から冷静になって考えてみたら、颯斗のあの行動には多分悪気がなかったのだろう。  もともと自己肯定感の低いタイプだ。そのことから考えれば、金を渡してきた心理も想像できなくはない。  問題は善自身にあった。  颯斗を前にすると、感情的になりやすくなって欲望を抑えきれなくなる。  怖いのは、おそらく颯斗はそんな善の行為に怯えつつも、結果として全て受け入れようとすることだ。  自分のグレアを浴びて倒れ込んだ颯斗を見て、このまま側にいたら、いつかプレイの範疇を超えて取り返しのつかないほどに傷つけてしまうのではないかと思った。  それでも颯斗が自分のSubだと言う認識を捨てきれない。どうしたらいいのかわからず、ついに善は考えることを放棄して、颯斗と距離を置くことにしたのだ。 「違う。ただ、今は受験に集中したいだけ」  そう口にした後で、前にもこんなことがあったなと善は思いだした。 ――善くん、なんか怖いよ 「金沢」 「うん?」 「俺、なんかおんなじこと繰り返してるわ」 「え?」  金沢が首を傾げ、善の表情を覗き込んだ。  感情を浮かべないまま、善はその視線を参考書に落とした。 「俺さ、お前のこと羨ましいんだよね」 「まってよ、なんの話?」  笑いまじりに言うと、金沢は少し心配そうに善の肩に手を置いた。  羨ましい。自分も、大事にして甘やかして満たされるDomになりたい。そうでなくては、また何度でも相手を傷つけてしまう。 「あいつに、伝えておいてくんない?」 「あいつってアノちゃん?」 「うん」 「なんて?」 「頼むから、もう付き纏わないでくれ」 「え、ちょっと、それ言い方きつくない?」 「うん、でも、そのまま伝えて」  善が言うと、金沢は戸惑ったような表情をみせた。  少し嫌な役回りを頼んでしまうことを申し訳なく思いながらも善は言葉を続けた。 「頼む、本当に勉強に集中したい。余計なこと考えたくない」 善が言うと、金沢は躊躇いつつも「わかった」と言って頷いた。

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