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29.繰り返してる(2)

                 ◇ 「あのっ!」  呼び止められて善は振り返った。  まだ桜の咲かない春の日だ。  卒業式を終え、胸元には「卒業おめでとう」の文字が書かれたチープな桜を模したバッジをつけている。 「大崎先輩……一緒に写真撮ってもらえませんか?」  何故か胸が痛んだ。  善に声をかけてきたのは後輩の女子生徒達だった。話したことはない。勇気を振り絞ったかのようなその表情が、誰かと重なり善は小さく息を吐いた。 「いいよ」  そう答えると、女子生徒たちは嬉しそうに笑顔を浮かべた。 「ねえ、君たち二年生?」  写真を撮り終えてから、善が尋ねると女子生徒たちは「そうです」と頷いた。まだ話せると思っていなかったのか、どことなくそわそわとした様子だ。 「何組?」 「さ、3組です!」 「私は5組!」  善は5組だと答えた女子生徒の方を向いた。 「芳川颯斗わかる?」 「あ、はい! 同じクラスです」  女子生徒が頷いた。 「今日、来てた?」  卒業式だ。もしかしたら、最後だからと話しかけにくるのではないかと思っていた。  もし話しかけられたら、なんと答えようかと善はずっと考えていたのだ。  その答えは決まらないままだったが、結局颯斗は姿を見せない。  それではじめて、自分は颯斗に話しかけられることを期待していたのだと自覚した。 「えっと、今日っていうか、芳川くんずっと来てないですよ」 「……え?」 「休学って聞きました」  そういって、女子生徒は確認し合うように隣の女子生徒と目を合わせて頷き合っている。 「いつから?」 「秋頃だったと思います。あの、なんかけっこう大きな病気みたいで」  善は黙った。 「あの、大崎先輩?」  女子生徒たちがどうしたのかと首を傾げている。 「あ、ごめん……教えてくれてありがとう」  善はそういって、足早に女子生徒たちの前を立ち去った。ポケットに入れていたスマホを握る手が微かに震える。  芳川颯斗の名前を探し、少しだけ躊躇ってから発信ボタンを押して耳に当てた。 --おかけになった電話番号は現在使われておりません  心臓が跳ねた。  自分から遠ざけたくせに、相手からの拒絶に傷つくなんて。そう思いつつも、痛んだ胸元を押さえ込む。  いや、これは本当に拒絶なのか? と疑問が浮かんだ。 「善ー! 打ち上げまで、俺の家で時間潰そって話してたんだけど、おまえも」 「ごめん、金沢、俺ちょっと用事!」  声をかけてきた金沢の横をすり抜け、善は校門の外に出た。  向かったのは颯斗と母親が暮らしていたマンションだ。  制服のまま電車に乗り込み、駅から走ってたどり着いた。2階のその部屋の前に立ち、善は張り付いた喉にごくりと唾を飲み込んで息を整えた。  インターホンを押す。  しばらく待ったが、返事はなかった。ドアに耳を押し付けてみる。室内に人のいる気配がないような気もするが、正直よくわからなかった。  もう一度インターホンを押す。やはり、返事がなかった。  善は一度階段を下り、集合ポストに向かった。指差ししながら、颯斗の家の部屋番号を探す。見つけたポストの挿入口には「空室です」と書かれたシールが貼られていた。  またスマホを取り出す。  メッセージアプリを開いたが、颯斗の名前が見つからない。  アカウントを削除すると勝手に消えるのか? よくわからない。  善は焦りながらショートメールを開いた。 「大崎です」と入力し、それ以上の言葉が見つからないまま送信ボタンを押した。  直後画面に『送信できませんでした』の文字が表示される。  インスタを開いた。アカウントを交換したことはないが、とりあえず検索してみる。ヒットしない。  手が震えた。鼓動が早い。  状況を飲み込むまでにかなり時間がかかった。どうしていいかわからずに、もう一度電話をかけて、感情のない機械の声を聞いてやっと、善は理解した。  颯斗は自分の前からいなくなったのだ。

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