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30.七年後つづき(1)

          ◇◆◇◆◇◆◇◆ 「あっ、翔太、そこダメだって……!」 『そう? 前はここにいい感じの場所なかったっけ?』 「んっ、違う、そこじゃなくて、もうちょっと右の方」 『え、どこだ? この辺?』 「あっ、そうそう、その辺!」  颯斗は画面を見つめコントローラーを握り直した。 スマートフォンは翔太との通話を繋いだままスピーカーモードにしている。ゲーム機のボイスチャットに繋ぐこともできるが、なんとなく雑談の通話からゲームやろうと言う流れになることが多かったので、大概プレイ中の通話はスマートフォンを使っているのだ。 「右から来てる! 気をつけて!」 『あ、やばい、アイテム取り損ねた!』 「あ、ちょっ、危ないっ!」  残念ながらそこでゲームオーバーだ。対戦相手に狙撃されついつい興奮して声が大きくなってしまった。 『やぁ、ごめんごめん、あそこいいポイントだと思ったけど、サイドから狙われやすかったなー』 「ね! けど相手上手かったよ! 健闘した方だと思う」  ソファに背中を投げ出して、颯斗は傍に置いていたペットボトルの炭酸飲料に口をつけた。  土曜日の夜。お互い予定がなければ、翔太と一緒に雑談しながらゲームをするのはほとんど習慣みたいなものだ。こうして過ごす週末は、なかなか有意義なものだと颯斗は思っている。 『そういや今日、例のせんぱいは何してんの?』  通話口から翔太の声がする。  翔太には先日善をつけた後に起こった出来事をほぼ洗いざらい話していた。 「何って、わかんない」 『え? 隣住んでるんだろ? 遊び行ったりとかしないの?』 「遊びって……俺、セフレだし、付き合ってるわけじゃないから……」 『ふうん、そう言うもん?』 「たぶん」  あれから一週間だ。  善とは連絡先を交換したものの、とくにやり取りはしていない。 『自分から誘ったりしないの?』 「え? 俺から? なんて?」 『ヤリませんかって』 「ゴホッ!!」  颯斗が咽せると、受話器からは翔太の「大丈夫かよ」という笑い声が聞こえる。 『それにしても、颯斗って陰キャなのに、たまに意味わからん行動力見せるよなぁー、セフレになったって聞いた時はマジでビビったよ』  語尾で少し笑いながら翔太が言った。  物事を深刻に捉えすぎない楽観的なところは、たぶん翔太の長所だ。だから颯斗はワンナイトだったり、セフレになるなどという倫理観のズレた話も翔太になら打ち明けられた。 「俺もまさかセフレにしてもらえるとは思ってなかったから、び、びっくりした……」  あの時のことを思い出すと、今でも心臓が大きく脈打ち始める。颯斗は胸元を抑えた。  一度きりで終わることを覚悟していたというのに、善からセフレになろうと申し入れがあったことは嬉しい誤算だ。 『んで、これからどうすんの?』 「……え? これから?」 『うん、セフレからの昇格めざすの?』 「昇格……って?」 『恋人への昇格!』  翔太の言葉に、颯斗は瞬いた。 「え、そ、それは無理だよ、流石に!」 『そーなの?』 「う、うん、だって、セフレですら"とりあえず"って言われたんだよ⁈」 『え、なにそれ? とりあえずセフレってどう言う意味? イケメンの言うことわからん』 「だから、セフレとしてわきまえてないと、その関係も続けられなくなるってこと!」  恋人すらもいたことはないが、セフレになるのも颯斗にとっては初めてのことだ。  目下の目標はいかにこの関係を長く継続させるか。そのために必要なことは、散々ネットで検索済みだ。 『まあ、颯斗がそれで良いなら、俺は何も言わんけど、たぶんそのうち……』 ――ピンポーン  翔太の言葉の途中でインターホンが鳴った。  宅配便の心当たりは特になく、颯斗は「誰だろ?」と呟きながら玄関に向かう。覗き穴から外を覗き、心臓か跳ねた。  慌てて扉を開く。 「せんっ……お、大崎さん⁈」  そこに立っていたのは善だった。  ラフな部屋着を着ているから、多分部屋からそのまま来たのだろう。 「今いい? 誰か来てる?」 「えっ⁈」 「いや、なんかちょっと声聞こえてたから」  翔太とのゲームで興奮して声が大きくなってしまったからだろうか。颯斗は焦った。 「す、すみませんっ! 通話してて……うるさかったですよね!」 「いや、別にそれほどじゃねぇよ」  そういうと、善は手に持っていたビニール袋を持ち上げ、目の前に掲げて見せた。 「出張だったんだ。これ、お土産」 「え? お、おみやげ? 俺に……ですか?」 「うん、上がって良い?」 「へっ⁈」 「え、ダメ?」 「い、いいいいや、あ、あの、もちろん大丈夫です! どどどどうぞっ!」  翔太が来る時はいちいちスリッパなど出さない。  颯斗は慌てて廊下のクローゼットの隅に押し込んであった客用のスリッパを引っ張り出して、いそいそと善の前に並べた。  「サンキュ」と言って善がそれに足を入れている間に、急いで室内に戻る。

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