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34.あなたのSubなので(1)
◇
いつの間に意識を失ったのか、颯斗が目を開けると既に室内は開かれたカーテンから入る日の光で明るくなっていた。
慌てて頭を持ち上げると驚くほどに痛み、思わず呻いた。そのまま頭をかかえ、枕に顔を埋めると傍に歩み寄る人の気配がある。
「これ、飲めよ」
颯斗は顔を上げる。
そこにいた善が、ペットボトルの水と、鎮痛剤、そしてウコンドリンクをベッド脇のサイドボードに並べていった。
「あ、ありがとうございます」
痛む頭を押さえながら、颯斗はシーツの上に手をついてうつ伏せていた体を起き上がらせた。腰の方も激しく痛み眉を寄せる。
記憶にないが、颯斗の体は綺麗に拭き取られ善のものらしきスウェットを着せてもらっていた。シーツも清潔な物に変えられている。
ベッドに座り、颯斗が薬とウコンドリンクを飲み終えると、善がベッドの脇に膝をついた。
颯斗よりだいぶ先に起きていた様子の善は、ラフな部屋着に着替えているが髪の毛はまだスタイリングされていないようで、へたりと可愛らしく伏せている。その姿はひどく落ち込んでいるように見えた。
「あ、あのぅ……」
「通報して」
「へっ」
「警察か、Subの保護団体」
「あ、あのっ」
善の言葉に、颯斗は戸惑い言葉を探した。
「もう大丈夫だと思った。大人になったし、ホルモンも落ち着いて自分で制御できると思ったんだ」
善はそう言って顔を伏せ、膝の上に置いた手を握りしめている。
「でも、ダメだった。オマエがあの人となんかいちゃついてるの見たら、感情抑えられなくなって……」
「あ、ぁぁっ! ち、違うんです! あれはほんとにいちゃついてたんじゃなくてっ!」
颯斗は慌てて身を乗り出したが、腰が痛んだせいでバランスを崩す。ベッドから落ちそうになった颯斗の腕を善が支えた。
「違うんです、翔太はセフレじゃなくてただの友達で……その、俺ほんとは……」
「わかってる」
「えっ?」
「お前なんか明らかに慣れてないし、そうだろうなとは思ってた」
「え、じゃ、じゃあ、なんで……?」
「おまえが、なんかそういうことにしておきたいっぽかったから、まあ、いいかって……」
あんなに慣れていると息巻いたのに、善にはバレていたようだ。その上で彼の前で茶番を繰り広げた自分が恥ずかしくなり、颯斗は顔を伏せた。
「でも、わかってたけど、ダメだった……俺と恋人にはなりたくないって言ったのに、他のDomとはなんかすごい自然に笑って仲良くしてて、腹たった」
善がぼそぼそと呟いた。
颯斗は顔を上げ、そんな善をベッドの上から伺った。肩を下げて俯いている善は何だか可愛い。
「あのっ、そ、それって……もしかして、や、ヤキモチ……ですかっ?」
颯斗が言うと、善がくっと顔を上げた。
「あっ、ご、ごめんなさい! 違いますよね、まさかせんぱいが俺なんかに」
「そうだよ」
「えっ」
「他の何でもない、ただのヤキモチ、嫉妬だよ! くそダサい嫉妬!」
善はフンと大きく息を吐いて視線を逸らせた。
颯斗はしばらくその善の表情をぽかんと見つめていたが、やがて言葉の意味を理解すると、自然と口元が笑みを作る。
「へ、へへっ」
「なに、何で笑ってんの、笑い方キモいし」
「だ、だって、ヤキモチとか嬉しくて」
善は立ち上がると、ゆっくりと颯斗の隣に腰を下ろした。
そして颯斗の手を取ると、向かい合うように横向かせる。
「なあ、颯斗」
「はい」
「俺はDomだから、どうしたっておまえのこと独占したくなっちゃうし、支配したくなる」
「……はい」
「それに、俺たぶんけっこうヤバいやつで、お前が泣いたり嫌がったりしてんの見るとめちゃくちゃ興奮する」
「は、はいっ」
「イヤイヤ言うのに、最終的になんか気持ちよさそうにしちゃう感じとか、めっちゃ俺の支配下にある感じがしてヤバい」
颯斗は顔を赤らめ視線を泳がせたが、それでも一つ息を吐くと真っ直ぐに善を見つめ返した。
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