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34.あなたのSubなので(2)

「俺から逃げてくれ」 「えっ?」 「お前が恋人になりたくないっていっても、なんか俺勝手にお前のこと自分のSubって認識しちゃってるみたいでさ」 「自分の……Sub……」 「うん、だから、もうなんかまったく欲望抑えきれなくて」  善はそう言って俯くと深く息を吐いた。逃げてくれと言うくせにその手は颯斗の手を握ったまま離そうとはしない。 「ここも引っ越す、だから少しの間Subの保護団体とか実家とかに避難を……」 「あ、あのっ!」  颯斗は慌てて善の言葉を遮った。 「しないです、通報!」 「颯斗……」 「お、俺、そのぉ、確かに、その瞬間はほんとに怖かったり逃げたかったりするんですけど、な、なんて言うかそのぉ……」  恥ずかしさで言葉を濁した。善は黙って颯斗の言葉を待っている。 「なんか、最後に撫でてもらうと、ぜんぶどうでも良くなるくらい気持ちよくて、満たされるっていうか……むしろ、その緩急が、ヤバいといいますか……」 「ヤバい……?」 「はい、ヤバいです。ヤバいくらい気持ちよくて、満たされます」  心臓が大きく脈打った。自分がかなり恥ずかしいことを口走っている自覚がある。顔が熱い。 「あ、あのぅ、俺も……たぶん、けっこうヤバいSub……なので……」 「それ、無理してない?」  善は不安げに颯斗の顔を覗き込んだ。 「してないです」 「ほんとに?」  颯斗は恥ずかしさを誤魔化すように俯きながら頷いた。  善はまだ不安げに押し黙っている。  颯斗はぐっと息を吸い込み、意を決して両手を広げ善の体に抱きついた。胸元に額を押し付けると、善の心臓が予想外に早鐘を打っていて、それがなんだか嬉しかった。 「ほんとです。俺はもう随分前から……あなたのSubなので……」  颯斗が言うと、すこし間を開けてすっと善が息を吐いた。その両手が颯斗の背中に周り体を抱きしめた。 「そっか、おまえ、俺のSubか」  確認するように呟いたので、颯斗は「はい」と静かに答えて顎を引いた。善の手のひらが颯斗の背中を撫でた。 「なあ、颯斗」 「はい」 「俺のSubで、俺の恋人はダメ?」  善の問いかけに、颯斗は胸元から顔を上げる。その右頬を善の手のひらが包んだ。 「恋人になろ? おまえの全部が欲しい、たぶん俺はずっと前からお前のこと好きだった」  ずっと憧れていた善の瞳が真っ直ぐに颯斗を見据えている。  このまま頷いてしまいたい。そう思ったが颯斗は躊躇う。正直に自分が何者なのかを打ち明けて、善が離れていくのが怖かった。  そんな颯斗の様子を察したのか、善が颯斗の前髪を撫でながら小さく笑った。 「隠し事しないでほしいっての、気にしてる?」 「えっ」  ズバリ言い当てられて、颯斗は肩を跳ね上げた。その後で、唇を結びこくりと頷いて見せる。 「それはもういい。言いたくないことがあるなら、無理に聞かない」  善は颯斗の額に、一瞬だけ唇を押し当てた。ちゅっと音が鳴って、颯斗の胸をこそばゆくする。 「だから、俺の……」  そこまで言いかけた善の言葉を颯斗は遮った。 「俺も、好きです。ずっと、好きでした。大好きでした!」 「颯斗……」 「あなたの、こ、恋人にしてください!」  頭の上で、善が息を漏らして笑ったのがわかる。その手が再び颯斗の背中に周り、きつく体を抱きしめた。 「あ、あの、してくれますか? 恋人に」  伺うように颯斗が顔を上げると、これが答えだとでも言うように、善が唇にそっと優しいキスを落とした。  温かく、涙が出そうなほど心地よい善の腕の中で颯斗は考えた。今、善が好きだと言ったのは永井颯斗だ。垢抜けて別人になった永井颯斗。  かつて善を傷つけた芳川颯斗は七年前に死んだのだ。あの頃の幾つかの思い出は自分の中だけに密かに押し留め、善と一緒にいるためにも、この秘密を何とかして守ろうと颯斗は胸に誓ったのだった。

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