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第二部 兄が来た! 7

 卯乃はベルの音に鍵を開けてガラガラと戸を引くと、外は生暖かい風が時折強く吹いていて庭木がざざざっと音を立て、古い家屋の引き戸をガタガタと揺らした。  昼には一度戻ってくる。そう言い残して朝練に出かけた恋人はよく日に焼けた逞しい腕にコンビニにレジ袋を2つもさげ戻ってきた。 「おかえり」 「ただいま。昼飯、遅くなってすまない。このあと大雨の予報出てるから昼回るまで練習して、そのあとは急遽中止になった」   昨日からあれこれあってテレビすらつけない生活をしていたので気に止めていなかったがそういうことらしい。天に祈りが通じたのか、この後ずっと一緒にいられるのだ。卯乃のふわふわ尻尾は本人よりも先にふりふりと喜びをあらわにした。   「えー、どおりでなんか外暗くなってきたと思った! 洗濯物入れないと!」  引き戸を背にした深森は熱そうにぱたぱたとスポーツブランドの練習着の胸元をはためかせている。練習場からここまで自転車でかけつけてきたのだから無理もない。首筋を伝う汗も込みで、普段より何割も増してセクシーでたまらない。 (ほわ、深森かっこいい)  朝離れてから数時間しか経っていないというのに、卯乃の胸は空に羽ばたいていきそうなほどに沸き立った。朝離れるときちょっぴり寂しかったから、今は嬉しくて堪らないのだ。 (こんな爆イケ猫ちゃんが今日からオレの彼氏なんだよなあ)    しかも、あのクールな深森が耳だけとはいえSNSに思わず写真を上げてしまうほどには浮かれていると思うと、うふふっとどうしても顔がにやけてしまう。  大学のサークルで知り合った友人たちからもおめでとうのメールが沢山舞い込んできて、お似合いだよ、やっぱりね、お幸せになんて書かれていたから今朝から今までずっと顔が緩みっぱなしの卯乃だ。  しかしそんなお祭り騒ぎの中心人物であるくせに、深森はいつも通りしゅっとした顔つきで三和土に立っている。上がり框に戻った卯乃は近い目線でにっこりと微笑んでへにゃっと眉を下げた。 「ちょっと、寂しかったよ」  そんな風に素直な気持ちを口にすると、深森は綺麗な目を見開いて照れを隠すように襟を摘まんで首元の汗を拭う。そのままちょっと目線を上げてちらりといたずらっぽく見てくる顔つきもなんだか普段よりずっと甘い。 「ちょっとか?」 「……っ!」 (ああ、こういうの、コイビトっぽーい)  卯乃はつま先で上がり框の角を蹴ると、軽やかに深森の首に腕を回して抱き着いた。 ☆アルファポリスさんのお祭りにエントリーしておりまして、応援していただけるとすごく嬉しいです。投票は今日までです 何卒よろしくお願い申し上げます。  https://x.com/hat22331/status/1851922878415217072

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